虚子300句(上田信治選) メンバーによる20句選
風が吹く仏来給ふけはひあり 高柳 『五百句』明治時代
怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜 神野
海に入りて生まれかはらう朧月
鶏の空時つくる野分かな
間道の藤多き辺に出でたりし
蒲団かたぐ人も乗せたり渡舟
雨に濡れ日に乾きたる幟かな 上田
遠山に日の当りたる枯野かな 佐藤 三木 村上 神野
亀鳴くや皆愚かなる村のもの 高柳
打水に暫く藤の雫かな
秋風や眼中のもの皆俳句 手塚
大海のうしほはあれど旱かな 村上特 神野
村の名も法隆寺なり麦を蒔く
冬の山低きところや法隆寺 上田
桐一葉日当りながら落ちにけり 杉本 佐藤 神野
ぢぢと鳴く蝉草にある夕立かな
金亀子擲つ闇の深さかな 佐原 村上 神野
凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり 杉本 神野
春風や闘志いだきて丘に立つ 大正時代
大寺を包みてわめく木の芽かな
一つ根に離れ浮く葉や春の水 佐藤 村上
年を以て巨人としたり歩み去る 杉本
鎌倉を驚かしたる余寒あり 杉本 佐藤 三木 村上 上田
葡萄の種吐き出して事を決しけり 手塚
烏飛んでそこに通草のありにけり
露の幹静に蝉の歩き居り
大空に又わき出でし小鳥かな 杉本 佐藤 神野
木曽川の今こそ光れ渡り鳥
人間吏となるも風流胡瓜の曲がるも亦
蛇逃げて我を見し眼の草に残る 佐原 三木
天の川のもとに天智天皇と臣虚子と
能すみし面の衰へ暮の秋
秋天の下に野菊の花瓣欠く
夏痩の頬を流れたる冠紐
蚰蜒を打てば屑々になりにけり 佐原
冬帝先づ日をなげかけて駒ヶ嶽
雪解の雫すれ\/に干蒲団 高柳
日覆に松の落葉の生れけり
天日のうつりて暗し蝌蚪の水 上田
晩涼に池の萍皆動く 佐藤 村上
棕櫚の花こぼれて掃くも五六日
風鈴に大きな月のかかりけり 杉本 手塚
白牡丹といふといへども紅ほのか 手塚 三木 高柳
其中に金鈴をふる虫一つ
大空に伸び傾ける冬木かな 村上 上田
うなり落つ蜂や大地を怒り這ふ 昭和時代
百官の衣更へにし奈良の朝
なつかしきあやめの水の行方かな
わだつみに物の命のくらげかな
東山静に羽子の舞ひ落ちぬ
ふるさとの月の港をよぎるのみ
はなやぎて月の面にかかる雲
われが来し南の国のザボンかな 佐原 高柳
枝豆を喰へば雨月の情あり
ふみはづす蝗の顔の見ゆるかな
流れ行く大根の葉の早さかな 手塚 佐藤 白鳥 三木 神野 上田
虻落ちてもがけば丁字香るなり
石ころも露けきものの一つかな 手塚 白鳥 杉本
春潮といへば必ず門司を思ふ 村上 神野
炎天の空美しや高野山 村上
われの星燃えてをるなり星月夜
我心漸く楽し草を焼く
聾青畝ひとり離れて花下に笑む
燕のゆるく飛び居る何の意ぞ
春の浜大いなる輪が画いてある 佐原 白鳥 三木
夏草に黄色き魚を釣り上げし
襟巻の狐の顔は別に在り
凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
鴨の嘴よりたら\/と春の泥
神にませばまこと美はし那智の滝
囀や絶えず二三羽こぼれ飛び
顔抱いて犬が寝てをり菊の宿 杉本 白鳥
焼芋がこぼれて田舎源氏かな
白雲と冬木と終にかかはらず 佐原 高柳
事務多忙頭を上げて春惜しむ
酌婦来る灯取蟲より汚きが 高柳 上田
水飯に味噌を落して濁しけり
大いなるものが過ぎ行く野分かな 佐原 高柳
秋風や何の煙か薮にしむ
川を見るバナナの皮は手より落ち 手塚 上田特
緑蔭を出れば明るし芥子は実に
かわ\/と大きくゆるく寒鴉 杉本
大空に羽子の白妙とゞまれり 村上
その中に小さき神や壺すみれ 杉本『五百句時代』
冬の山うね\/として入日かな
大粒の雨になりけりほとゝぎす
昼の蚊の大きくなりぬ秋の風
冬川の石にちらばる木の葉かな
夏川に魚踏まへたるはだしかな
紫の石おびただゞし春の水
春雨や布団の上の謡本
茶の花に朝日冷たき畑かな
凩や水かれはてて石を吹く 手塚
古池は氷の上の落葉かな
音たてて春の潮の流れけり
ばう然と野分の中を我来たり
茨の花二軒並んで貸家あり
貧にして孝なる相撲負けにけり
蝶々のもの食ふ音の静かさよ 杉本 白鳥特 高柳特
金屏におしつけて生けし櫻かな
何触れて薔薇散りけん卓の上 高柳 白鳥
薔薇剪つて短き詩をぞ作りける 手塚
炭をもて炭割る音やひびくなり
三つ食へば葉三片や櫻餅 神野
昼寝さめて其まゝ雲を見居るなり 杉本
下駄傘の新しければ雨涼し 白鳥
宿屋出て銭湯に行く時雨かな
袷著て仮の世にある我等かな
春寒や砂より出でし松の幹 上田
年々に見古るす家や梅の道
舟べりにとまりてうすき螢かな 杉本 白鳥
石の上の埃に降るや秋の雨 杉本 佐藤 白鳥
我汗の流るゝ音の聞こゆなり
生涯の今の心や金魚見る 杉本 村上
初空や大悪人虚子の頭上に
手をこぼれて土に達するまでの種 杉本 手塚 白鳥 神野
遠花火ちよぼ\/として涼しさよ 杉本
明日死ぬる命めでたし小豆粥 杉本
浪音の由比ヶ浜より初電車 村上
てのひらの上そよ\/と流れ海苔
この庭の遅日の石のいつまでも 上田 村上 佐藤
水に浮く柄杓の上の春の雪 白鳥
箱庭の人に古りゆく月日かな
咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり 村上
泥落ちてとけつゝ沈む芹の水
白玉にとけのこりたる砂糖かな
帚木に影といふものありにけり 杉本 三木 白鳥 佐藤特 高柳
ちらばりてまだ遊船に乗らぬなり 白鳥
青き葉の火となりて行く焚火かな
船蟲の波に洗はれ何も無し
鶏を吹きほそめたる野分かな
下駄はいて這入つて行くや春の海
手より手に渡りて屏風運ばるゝ 上田
餅花の賽は鯛より大きけれ
鴨の中の一つの鴨を見てゐたり 杉本 神野 『五百五十句』
枯れ果てしものの中なる藤袴
宝石の大塊のごと春の雲
麻の中雨すい\/と見ゆるかな 手塚
秋の風衣と膚吹き分つ 白鳥
必ずしも鯊を釣らんとにはあらず
箒あり即ちとつて落葉掃く
加留多取る皆美しく負けまじく
双六に負けおとなしく美しく
マスクして我と汝でありしかな
そのまゝに君紅梅の下に立て
重の内暖にして柏餅
たゝみ来る浮葉の波のたえまなく
急がしく煽ぐ団扇の紅は浮く
実をつけてかなしき程の小草かな 杉本
秋天に赤き筋ある如くなり
静かさに耐へずして降る落葉かな 手塚
冬日柔らか冬木柔らか何れぞや 高柳
人形の前に崩れぬ寒牡丹
旗のごとなびく冬日をふと見たり 杉本 神野 白鳥 高柳 上田
潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ
肴屑俎にあり花の宿
バスの棚の夏帽のよく落ちること 神野
梅雨傘をさげて丸ビル通り抜け
我思ふまゝに孑孑うき沈み
もの置けばそこに生まれぬ秋の蔭 杉本特 佐藤 三木 高柳
金屏にともし火の濃きところかな 杉本
龍の玉深く蔵すといふことを 村上
初蝶を夢の如くに見失ふ 杉本 高柳
細き幹伝ひ流るゝ木瓜の雨
麦飯もよし稗飯も辞退せず
祖を守り俳諧を守り守武忌 朝日新聞の需めにより、開戦記念日を迎ふる句
手毬唄かなしきことをうつくしく 杉本 白鳥 村上
向き\/に羽子ついてゐる広場かな
大寒の埃の如く人死ぬる 佐原 佐藤 村上
大寒の見舞に行けば死んでをり
鎌倉に実朝忌あり美しき
おほどかに日を遮りぬ春の雲
牡丹花の雨なやましく晴れんとす
秋風や相逢はざるも亦よろし
営々と蝿を捕りをり蝿捕器
立ち昇る茶碗の湯気の紅葉晴
よろ\/と棹がのび来て柿挟む 佐藤 白鳥 三木 上田
雲なきに時雨を落す空が好き
おでんやを立ち出でしより低唱す
マスクして我を見る目の遠くより
我が生は淋しからずや日記買ふ 三木 神野
橋をゆく人悉く息白し 佐藤
左手は無きが如くに懐手
美しく耕しありぬ冬菜畑
冬日濃しなべて生きとし生けるもの
フランスの女美し木の芽また 手塚 『五百五十句時代』
だん\/に我に似てくる爽やかに 石井鶴三アトリエ塑像制作
バスが着き郵船が出る波止場かな
映画出て火事のポスター見て立てり 『六百句』
公園の茶屋の亭主の無愛想
春雨の傘の柄漏りも懐しく
襖みなはづして鴨居縦横に
水打てば夏蝶そこに生れけり 高柳 白鳥
自転車に跨がり蝉の木を見上げ
暖かき茶をふくみつゝ萩の雨
冬の空少し濁りしかと思ふ 三木
大根を水くしや\/にして洗ふ
たんぽゝの黄が目に残り障子に黄
春惜しむベンチがあれば腰おろし
ぼうたんに風あり虻を寄らしめず
夕風に浮かみて罌粟の散りにけり 上田
霧の中舟の掃除をはじめけり
悲しさはいつも酒気ある夜学の師
茄子畠は紺一色や秋の風
天地の間にほろと時雨かな
猫いまは冬菜畑を歩きをり
枯園を見つつありしが障子閉め
いと低き土塀わたりぬ冬木中
温泉の客の皆夕立を眺めをり 杉本
枯菊に尚ほ或物をとどめずや
石に腰しばらくかけて冷たくて
白酒の紐の如くにつがれけり
犬ふぐり星のまたゝく如くなり 杉本
根切蟲あたらしきことしてくれし
美しき蜘蛛居る薔薇を剪りにけり
日のくれと子供が言ひて秋の暮 上田 白鳥
金の輪の春の眠りにはひりけり 高柳 『六百句時代』
ぼうたんの花の上なる蝶の空
白酒の餅の如くに濃かりけり
鶏にやる田芹摘みにと来し我ぞ 『小諸百句』
初蝶来何色と問ふ黄と答ふ 佐藤 村上 神野
山国の蝶をあらしと思はずや
蛍火の鞠の如しやはね上り
見事なる生椎茸に岩魚添へ
虹立ちて忽ち君のある如し 佐原
虹消えて忽ち君の無き如し 佐原
虹消えて小説は尚ほ続きをり
ラヂヲよく聞こえ北佐久秋の晴
見下ろしてやがて鳴きけり寒鴉 上田
日凍てて空にかゝるといふのみぞ
綿羊の子はおでこにて桃の花 白鳥 『小諸時代』
蜘蛛よりもががんぼ音がして陽気
孫の手といふものもあり蠅叩 手塚
日課なる昼寝をすませ健康に 上田
我行けば枝一つ下り寒鴉 『六百五十句』
溝板の上につういと風花が
雛あられ染める染粉は町で買ひ
美しきぬるき炬燵や雛の間
洗ひたる花烏賊墨をすこし吐き
皿洗ふ絵模様抜けて飛ぶ蝶か
藍がめにひそみたる蚊の染まりつゝ
蝉の木をあす伐らばやと思ひけり
物の本西瓜の汁をこぼしたる
烈日の下に不思議の露を見し 手塚 高柳
水鉢にかぶさり萩のうねりかな
秋風や静かに動く萩芒
水仙の花活け会に規約なし 上田
春雨のかくまで暗くなるものか 手塚 佐藤 三木
春水に逆さになりて手を洗ふ
茎右往左往菓子器のさくらんぼ 上田
黒蝶の何の誇りもなく飛びぬ 手塚
惨として日をとゞめたる大夏木
割合に小さき擂粉木胡麻をすり
爛々と昼の星見え菌生え 三木 神野
念力のゆるみし小春日和かな 三木
海女とても陸こそよけれ桃の花 白鳥
古庭のででむしの皆動きをり
秋天にわれがぐん\/ぐん\/と 佐原
やはらかき餅の如くに冬日かな
虚子一人銀河と共に西へ行く
人生は陳腐なるかな走馬燈
食ひかけの林檎をハンドバッグに入れ
海底に珊瑚花咲く鯊を釣る
わが終り銀河の中に身を投げん
だぶ\/の足袋を好みてはきにけり
手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ
大空の片隅にある冬日かな
鎌倉や牡丹の根に蟹遊ぶ
見る人に少しそよぎて萩の花
彼一語我一語秋深みかも 手塚 村上
掃き出す萩と芒の間の塵
去年今年貫く棒の如きもの 杉本 三木 高柳 神野
おでんやの娘愚かに美しき 手塚
門松を立てていよ\/淋しき町
汝がくれし胡瓜を妻が早もむか 『六百五十句時代』
蜜豆を食べるでもなくよく話す
片蔭を通れば酢屋の匂ひかな
干す和布に似たるものも干す 佐原
ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に 佐藤 白鳥 『七百五十句』
ふと春の宵なりけりと思ふ時 杉本 佐藤 上田
朝寝して今朝が最も幸福な 手塚
苔寺を出てその辺の秋の暮 上田
降つてゐるその春雨を感じをり
犬の舌赤く伸びたり水温む
一匹の蝿一本の蠅叩 佐原
明易や花鳥諷詠南無阿弥陀
すぐ来いといふ子規の夢明易き
コスモスの花あそびをる虚空かな 杉本
地球一万余回転冬日にこ\/ 三木特 佐原 播水、八重子結婚三十周年
蠅叩にはじまり蠅叩に終る
炎天の干し物落ちて乾きをり
考へを文字に移して梅の花 上田
蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな 神野
花の雨強くなりつゝ明るさよ 杉本 三木
我生の美しき虹皆消えぬ
風生と死の話して涼しさよ 村上
我が庭や冬日健康冬木健康
門を出る人春光の包み去る
女涼し窓に腰かけ落ちもせず 白鳥
いつもこの紺朝顔の垣根かな
藤豆の垂れたるノの字ノの字かな 手塚特
ほのかなる空の匂ひや秋の晴 杉本
光りつゝ冬雲消えて失せんとす
薮の中冬日見えたり見えなんだり 佐原
幹にちよと花簪のやうな花
春の山屍をうめて空しかり 高柳
覗きをる土管の口や菖蒲の芽 『七百五十句時代』
涼風のとめどなく来る蜂が来る 三木
カーテンを引いて見えざる冬の庭 白鳥
よき家や銀河の下に寝しづまり
乳かけて苺の砂糖崩れつつ
春光の包める一木々々かな
永き日を君あくびでもしてゐるか 三木 古白一周忌『慶弔贈答句』
子規逝くや十七日の月明に 子規逝く
ワガハイノカイミヤウモナキスヽキカナ 杉本 漱石の猫の訃報に返電
とめどなき涙の果ての昼寝かな 女児を失ひし木国に
鍬取つて国常立の尊かな 念腹ブラジル渡航
野路ゆけば野菊を摘んで相かざす 誓子新婚
たとふれば独楽のはじける如くなり 神野特 碧梧桐追悼
君と共に四十年の秋を見し 王城追悼
強霜に友情春の如き人 小野蕪子逝く
素袷の心にはなり得ざりしや 自殺せる若柳敏三郎を悼む
木の芽雨又病むときく加餐せよ たかしに
秋蝉も泣き蓑蟲も泣くのみぞ 詔勅を拝し奉りて朝日新聞の需めに応じて
敵といふもの今は無し秋の月 同
まつしぐら炉にとび込みし如くなり 素逝追悼
似てゐても似てゐなくても時雨かな 佐原 三木 風生銅像除幕式
独り句の推敲をして遅き日を 句仏十七回忌
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2007-10-07
虚子300句(上田信治選) メンバーによる20句選
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