成分表12 クリップ ……上田信治
初出:『里』2007年1月号
雑貨屋にあったそれは、紙を留める文房具のクリップなのだが、外国製で、ふつうのゼムクリップと違って、Dの字を横に長く引き延ばしたような、片方の端が平らになった形をしていた。
ちょっと違う形をしたクリップは、エキゾチックだった。それがザラザラと、昔ふうの紙箱に入っているところも、よかった。
自分にとって、クリップは買うものではなく、よそから来る書類に付いてきたそれを捨てずにいれば、十分、必要がまかなえるのだが、その外国のクリップを面白いと思ったことを憶えておきたくて、一箱、買って帰った。
そのクリップを買ったのは、毎年毎シーズン、せっせと服を買っていたころのことだ(今はぜんぜん買っていない)。
店には、シーズンごとに、去年とちょっとだけ違う形の服が並ぶ。ズボンの裾幅が1cm狭かったり、上着の胴がわずかに絞られていたり。
数年来、誇張すれすれにまでふくらんでいた、背広の肩の縫いつけ部分が、過去を恥じるかのように、低くなだらかになったりもした。
もちろん、それは、まず商業主義的要請によって生れた差違であって、違いのための違いである。
しかし、その微差を理解するということ自体が、つけ加える楽しみがある。
その美の基準の、小さな変化がなければ、服を着ることにふくまれる、情報処理ゲームとしてのお楽しみが、死んでしまうのだ。
自分の場合、周囲に同じゲームをしている人が、服飾店の売り子と自分の他に見あたらないことが、問題ではあったが。
木の芽雨天気予報の通りに降る 加倉井秋を
どうして、ここで「下六」にするんだろうと思うことは、作者に親切すぎるだろうか。
しかし微差に出会うとき、感度の目盛が上がるのは、情報処理にもっとも優れた生き物である人間の、本性のようなものだ。
汚れたる瓜の冷してありにけり 田中裕明
何かが違う。何かをちょっと違えてあることが「それ」を救っている。
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2007-11-25
成分表12 クリップ 上田信治
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