成分表13 妻の友だち……上田信治
初出:『里』2006年11月号
妻の幼なじみのIさんは、歯科技工士となり、歯科医と結婚した、しっかり者だ。
うちにときどきファックスで、家族でドライブをしたとか、最近ステンドグラスに凝っているというような近況報告をくれる。ファックスの余白には、ほぼ毎回クマの絵が描いてある。クマは笑い目で、こちらに手を降り「げんきー?」とか「またねー」とか言っている。
妻は、Iさんの手紙を見せてくれながら、感に堪えないように「どうして、この人はこんなに明るいんだろう」と言う。妻はIさんのファンなのだ。
今では、自分もIさんのクマことを思って、くすぐったいような、胸がぬくいような気持ちになる。しかし、妻を通じてでなければ、自分はIさんの「明るさ」に気づきもしなかったろう。
人間は、人に自分の感動を「つける」ことができる。
桃の花を満面に見る女かな 松瀬青々
Nさんも妻の中学以来の友だちだ。もともとたいへんな美少女で、長じて酒好きのOLさんになった。
あるとき、この人にうちのPCを貰ってもらうことになり、「週末行くから」と、いいかげんな約束をしておいて、日曜の夕方、二人で彼女の住む町へむかった。
部屋のチャイムを鳴らすと、ドアが少しだけ開き、Nさんが顔を出した。
とかしていない髪で、すっぴんで、それでも美人なのはさすがだが、着ているのが、下着に近い部屋着なので驚いた。
笑いながら「こんな格好なんで、ごめん」というNさんに、PCを渡して、その日はそのまま帰ってきた。
駅へ向いながら、なぜか自分は笑いが止まらなかった。
Nさんの、廊下に完全に出てしまわないようにして、脚をドアに隠していたようすや、困ってはいるけれど怒ってはいない顔を、思い出して。だいたい、何でもう一枚着て出てこないんだよ、なあ。
本当は、何がそんなにおかしかったのか、うまく言えない。
妻は、笑い続ける自分に「Nのいいところ、分った?」と訊いた。自分は「分った分った」と、答えた。
人間そんなふうにして、世界に美しいものを、足すことができるという、お話。
大寒のふしぎは妻の唄ひをり 大牧広
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2007-12-16
成分表13 妻の友だち 上田信治
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