2008-01-27

林田紀音夫全句集拾読03 野口裕



林田紀音夫
全句集拾読
003


野口 裕






よく考えると中途半端な時期に始めた。新年を期して、などという発想は私にはなかった。新暦も旧暦も人が勝手に作った区切りに過ぎない。林田紀音夫も、そうした発想は似合わない人のようだ。

死ぬわれに妻の枕が並べらる釘錆びてゆけり見えざる高さにて
午前より蠅多く妻外出す
棚へ置く鋏あまりに見えすぎる


「胸部疾患にて臥床 四句」と、前書きがある。枕と鋏は、他者を象徴的に表し、釘と蠅は自己投影だろうか。自他の関わりようが四句とも微妙に異なる。


薬包紙に過ぎざれば燃え尽す

たとえば、近くに並べられている「葡萄くふ壁の影肺蝕まれ」や「妻去ぬや漣走る池を見て」などよりも、抽象度の高さが句の高さを保証しているようなところがある。こうした句を一行詩と呼んで区分けするのも一つの方法だろうが、読んでどう感じたかを述べるには不向きだという自覚が必要だろう。


ベッドの上雪後の星を胸に彫(え)る

天体を死あるいは死者と結びつけることは、人の古くからある連想だろう。「彫る」を「える」とふりがなしてあることもこの場合有効にはたらいている。


柩出し午後の雪片数を増す
病躯うらぶれて身辺の蝶を愛づ
厭世家めきたんぽぽの黄に堪ふる
余命いくばく誘蛾燈夜を徹す

身の不安詮なく蟹を酷遇す
息白く打臥すや死ぬことも罪

何ページかにわたって、当時の心境をよく伝える句を抜き出してみた。死に立ち向かうよりも、死に怯える姿が如実に現れ、波郷の句と異なる点が興味深い。


夜も遺る鰯雲海を永く見ず

雲見れば追憶ばかり。未来は見えない。


雪片や呪符のごとくにこころ占む

「俳句は挨拶」と言った人がいる。呪いもその中に入る、と考えていたかどうかは知らない。




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