2008-06-22

成分表19 トロピカルフルーツ 上田信治

成分表 19 トロピカルフルーツ 
上田信治


初出:『里』2007年7月号



ある時期、母に「信治はトロピカルフルーツが好き」と思われていたことがある。

もう結婚していたから、いい年になってからの話だ。だいたい自分が子供のころは、そこらの店にトロピカルフルーツなどはなかった。

いきなり、どこかから貰ったマンゴーやパパイヤを送ってきて「好きだと言っていたから」というような手紙が入っている。

とくべつ嫌いでもないので、そのままにしておいてもよかったのだが、また送ってきても気の毒なので、電話をした。

「ありがとう。でも別に、トロピカルフルーツは好きじゃない」と言うと、「変ねえ」とか言っている。

友人の女性から「上田くんは広瀬香美が好き」と、思われていたこともある。広瀬香美は、ある時期、毎年スキー用品店のCMソングを歌っていたシンガーソングライターである。

そういえば以前、その人の前で、広瀬香美の曲のことを「サビだけすごくキャッチーで、あとは残業して作ったような曲だ」とか、そういうことを言ったかもしれない。少なくとも広瀬さんについて感想と言えば、それくらいしかないし、それは、いかにも自分が言いそうなこと、という気がする。

しかし、それがどこから「好き」という話になるのか。

そういえば「トロピカルフルーツは、干しアンズとバナナを混ぜたような味がする」というようなことを、言ったのかもしれない。

なにか言う、ということは、それが好きだ、ということに、ほど近い印象を与えるらしい。

自分は、きっと、面白いことを言おうとして失敗していただけなのだが。

俳句において「食べ物は美味なものとして詠むべき」ということを聞く。それは、花鳥諷詠の考え方だと思う。たとえば「冷奴」について言うことが、「冷奴」を賛美することであるならば、そのとき季語とは、「祝詞」におけるカミの名のようなものだろう。

とはいえ、何かについて言うことは、好きと言っているも同然らしいので、面白いことを言おうとして失敗して、ちょうどよく誤解されるというやりかたも、あると思う。


  二タ匙の砂糖沈むや砂糖水    中田みづほ



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