2008-06-08

麻里伊さんとの再会 岩淵喜代子

〔俳句つながり雪我狂流→村田篠→茅根知子→仁平勝→細谷喨々→中西夕紀→岩淵喜代子→麻里伊

麻里伊さんとの再会 ……岩淵喜代子




麻里伊さんと初めて出会ったのはいつだったのだろうか。

とにかく、まだ麻里伊さんが、同人誌「や」を創刊するずーっと前である。

出会ったのは、赤坂にある岡田史乃さんの家。辻桃子氏がお仲間を引き連れてきたのだが、その中に俳号を、ご夫婦でマリーとキュリーと名乗る方がいた。解説するまでもないのだが、その名は科学者マリ・キュリーのもじりである。当時、そのことが妙に印象に残っていた。

二度目に出会ったのは、どこかのパーティだった。そのときはじめて、あのときの麻里伊さんであることを確認し合った。そうしていつの間にか、麻里伊さんの店で行なう句会にお邪魔するようになっていたのである。

当時は、その名前が印象的であったが、いま麻里伊さんを思い浮かべるときに、「十朗が…」という口調が一番印象的である。

十朗さんとは、「や」の編集長であり、「アン」の料理長なのである。なんだか麻里伊さんが「十朗が…」というときに、呼ばれた中村十朗さんが大型犬セント・バーナードに見えてしまう。

私はいつも、その大型犬のセントバーナードの手料理を食べるのが楽しみで「アン」に通っているのだ。店で句会をしているときに、なかなか名乗りが上がらないと、誰かがカウンターの向うへ「十朗さんの!」と声をかける。そうすると料理の手を止めて、「あ! そうだ」と、いかにもセントバーナー犬のようなのっそりとした声を上げる。

麻里伊さんの第一句集『水は水へ』はそうした句会で手渡された。それさえ私が「ににん」を創刊してからだから、現在は出会ってから20年くらいの月日が流れていることになる。

人去りて花野あらあらしく在りぬ

青空のなみなみとある十二月

声ひそと蛍箒を先頭に

松茸の土も木の葉も有難く

水は水へ流れて夏の盛りなる

以上の句は、「あらあらし」「なみなみと」「声ひそと」「有難く」「水は水へ」の目次になった作品。そうして最後の作品が句集名「水は水へ」となる。

俳句に思想が現れるとしたら、それは作者の視線を辿れるか否かである。一句目の人の去ったあとの花野を見詰める孤独感。二句目のきわめて日常的な充足感。三句目の懐かしさ。四句目の松茸への手放しの喜び。五句目の視点を据えた季語の扱い。句集全体に、大見得を切るような句は一つもない。

象を見て寒い寒いと帰り来し

春の宵電車揺れればみな揺るる

椅子の上にこれから帰る冬帽子

階段があれば見上げてクリスマス

人形のやうに筍抱き帰る

咲いて椿落ちて椿とおもひけり

葉桜の蔭に男を置いておく

こうあげてくると、麻里伊さんが、きわめて等身大で浮かび上がってくる。象を見て寒いと帰ってくる日常の宜い方。電車に揺れれば同じように揺れて、椅子の上に置かれた来客の冬帽子への視点が優しい。なにかとても安心するのである。

もう、そろそろ第二句集を出してもいいのではないかと、待っているこの頃なのである。 


(了)


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