2008-07-20

火星から地球へ 山口優夢

火星から地球へ
山口優夢


一限目の講義に出たあとは、博物館にこもって火星の地表面を眺める。火星の谷の高度データの採取のためだ。

パソコン画面上に映し出された火星地表面の画像をクリックすれば、その地点の地表の高さが表示される。しかし、ほんのちょっと位置をずらしただけで100メートル近く高さが変ってしまったりして、高度を決定するのは大変難しい。昔の川と思われる地形について、上流から下流に向けて高度データを取っているのだが、ある一部の地域では上流より下流の方が高度が高いという結果が出たりして、頭が痛くなってくる。

僕に見えているこの世界には大地と海と空があるだけで、空に輝く星は、ただ太陽と同じで燃えて光っているようにしか思えない。なのに、この空のどこかに、もうひとつの大地、もしかしたら、もうひとつの海、そういったものがあるのだと思うこと自体が、神秘的すぎるのだった。そして、少なくとも、僕らはもうひとつの大地の映像を目の当たりにしているのだ。

逆にいえば、火星から見たら地球は空の中のひとつの星にすぎない。去年、東大の博物館で惑星科学の展示をしていたとき、その順路のおしまいのところに、火星表面に降りた探査機が映した空の写真があった。その明け方の空の中央あたりにひときわ明るく輝く小さな星、それこそが地球だと言うのである。うちの指導教官はその写真について「これはとても示唆的な写真で、この日、あなたはどこにいたかと言うとどんな人でも必ずこの小さな一点の中にいたということになるわけですよ」と来る人来る人に説明していたし、ある女たらしの30代の研究者はその写真の前でロマンチックなムードにひたりながら3人の女を口説いたらしい(結果は知らない)が、僕は、その写真はとてもこわいと思った。

地球はこんなちっぽけなんだ、と教訓めいたことを思ったわけではない。ただ、自分がたった一人で、火星から地球を眺めているような錯覚に陥っただけだ。

それでも、火星の大地を眺めて、谷をマッピングするのは楽しい。火星上空から火星を見るのと、火星から地球を見るのは、たぶん大いに違うのだろう。

 

僕の博物館での居場所は、去年卒論の作業をしていたころから、岩石サンプルのいっぱい詰まった薄暗い資料室であった。顕微鏡だの岩石サンプルだのなんかよくわからない段ボールだのがたくさん積み上げられている中に辛うじて作った作業スペースであり、そこで作業する様子は、誇張でなく本当に「閉じこもっている」という状況であった。だいいち、窓が無い。船底にいるような静けさで、外界からは隔離されていた。

修士に上がると、博物館の院生室に正式に机をもらうことができた。本来ならばそっちに移って作業すべきだったのだが、もうすでに資料室に居を構えたこともあり、引っ越しが面倒さにずっと「閉じこもって」研究をつづける日々であった。

薄暗いワーキングスペースではあったが、僕はなかなかそのスペースが気に入っていた。めったに人に邪魔されないために研究がはかどる、というのが一点。同じ研究室のTと二人で密談するスペースとして便利である、というのが一点。Tと僕は、一週間に一回、先生の部屋でお昼にゼミが終わった後、僕のワーキングスペースでいろいろなことを語り合った。研究を続行するかどうかも含めた将来の話題(おいそれと他の人のいる前ではできない話なのだ)、最近読んだ小説や車の免許、研究室内の人間関係(先生対策)など、話し合うべきことはいろいろあった。

そして、このスペースが気に入っている最大の理由は、ここが地球であることを忘れさせてくれること、だった。窓を持たない壁の向こうには、火星の砂嵐が絶えず襲っていた。

しかし、先日、とうとう先生からこのスペースからの立ち退きを迫られた。地震が来たときに逃げ場がない、というのが立ち退きの大きな理由だ。それは正当性のある話ではあったので、反論のしようがない。

今日、ゼミを終えたあと、Tとそのスペースでまた語り合い、僕は引っ越しを行なった。Tはいいやつなので、引っ越しを手伝ってくれると言っていたが、申し訳ないので断って、一人でパソコンやらキーボードやらを院生部屋に持ち込むことにした。なに、一人でやったって大した作業量ではないのである。

院生部屋で僕に割り当てられたのは、窓際の席、窓に向って腰かける席だ。持ち込んだパソコンを接続し直して、ディスプレイを二つ並べたらそれだけで机の上はいっぱいになってしまった。窓の外は午後深い、おだやかで明るい空。

木々の葉をもれる光が眩しくて、ここは地球なのだ、と確信してしまわざるを得ないのだった。


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