2008-09-14

成分表21 栄光の記憶 上田信治

成分表 21 栄光の記憶 

上田信治



初出:『里』2007年9月号



ひと夏の栄光について。

大学のとき入っていた漫画研究会は、夏合宿で、ソフトボールをする習慣があった。漫研というのは、自分も含め、いたって運動の苦手な人が多いのだが、苦手どうしなので、機嫌良く遊べるというわけである。

栄光というのは、そのソフトボールの、ある試合の最終回のことで、自分は二塁を守っていた。

相手チームの打球が外野に飛んで、長打になったのだが、外野手からの返球を自分が中継してホームに投げ、走者をアウトにして試合終了、ということがあったのだ。

野球を知らない人、あるいはふつうに運動ができる人には、なにが偉いのか分らないと思うが、ふだんキャッチボールもおぼつかない漫研の自分にとって、外野から内野、内野から本塁と、ボールが失敗なしに渡ったこと、そこへちょうど走者が還ってきてアウトになったことは、まさに小奇跡といっていい。

人生上にうっすらと光る、栄光の記憶である。


  人生は陳腐なるかな走馬燈   高浜虚子


高校生のとき、なぜか、尺八を学校に持ってきた級友がいた。彼はそれを、通信販売で買ったのだ。

そして、どういう話の流れか、彼は、袋に入ったままの尺八で、誰かの頭をこつんと叩いた。たしか、その誰かが、何かつまらない冗談を言ったので、尺八の持ち主が「突っこみ」を入れたのだと思う。

叩かれた彼は、意外と痛かったらしく、頭を押さえて無言になった。

一部始終を見ていた自分は言った。

「それは、シャクハチ痛かろうなあ」

おそらく何のことか分らないと思いますが、シャクハチのところは、サゾカシと、同じ抑揚で言ったと想像してください。つまり、自分は駄洒落を言ったのだ。我ながら、かなり、うまく言えたと思う。

あれからずいぶん年月が流れたが、いまだに、自分はそれを越える駄洒落を言えていない。これも、ひとつの栄光の記憶である。

これらのことは、人に話して共感を得たり、芸術的に昇華されたりする可能性が、ほとんどない。

エピソードとしてささやかすぎる上に、単なる自慢だからだ。

こんなにも、人と共有されない感情がある。それは死ぬまで自分だけの物で、死んだら無くなってしまう。

そう思うと、ふつふつと、嬉しい気持ちが湧いてくるのである。


   日課なる昼寝をすませ健康に  高浜虚子




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