2008-11-02

〔週俳10月の俳句を読む〕樋口由紀子 「当たり」か「外れ」か

〔週俳10月の俳句を読む〕
樋口由紀子
「当たり」か「外れ」か

               

新聞で「辛いシシトウがあるのはなぜ」という見出しの記事を見つけた。

確かにパック入りシシトウを買うと、一つか二つにすごく辛いのがまじっている。子どもころに駄菓子屋の「当てもん」が好きで、お小遣いを「当てもん」に全額投入していた日々がある。そのなごりなのか、辛いシシトウを食べたら、これは「当たり」なのか、「外れ」なのかと考えるぐらいで、「なぜ辛いシシトウが出来るのか」などということはいままで考えたことはなかった。そのような思考回路を持たなかったので、その記事はまっさらな頭に余計に楽しく読めた。

 八月の蛇口をひねる水がでる     越智友亮

蛇口をひねると水が出るのはあたりまえ、それ以上も以下も思わなかった。意外性のあるというほどの意外ではないが、少しどきりとした。蛇口をひねって水が出たことで、喜んだり、感謝したり、戸惑ったりしたのでもなく、感慨を書こうとしたわけでもないだろう。「八月」がキーポイントだろう。しかし、「八月」を意識しなくても、それだけの句意に惹かれた。「蛇口」の存在、「水」の存在、しいては自己の存在を取り戻しているように感じた。

 制服の折目正しくして秋思

 秋夕焼け電車につり輪分の人

現実の様子や状況をよく見ている。作者の見つけ、なにげない日常と、「秋思」「秋夕焼け」が呼応して動いている。作者と心情的には無関係ではなさそうである。「見ている人」と「見られている人」の距離、ここでも自己の存在感覚が出ている。

 挙手つまり猫背ではない秋の空

 林檎にへた地球に地軸かつ引力

「つまり」「かつ」によって、景がクリアに浮かびあがり、作者の意識が明らかになっている。シシトウはストレスがあると時々辛みの正体であるカプサイシンを多く作って辛くなるらしい。「つまり」「かつ」にカプサイシンが含まれているようで、喉がピリピリする。

シシトウは辛くない実の交配を重ねてできたものらしいが、「獅子唐辛子」と書く。めちゃくちゃカライと思わせる漢字である。そういえば、ハイクも「俳句」と書く。



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