林田紀音夫全句集拾読 049
野口 裕
茜さす眼帯の少女見え隠れ
坂の夕日に少女となって影細る
昭和五十二年、「海程」発表句。吾子俳句だとしても、この二句は少女の造形がうまくできている。一句目、「茜さす」は、枕詞ではなく夕映えを表す語としての使用だろう。眼帯のクローズアップから全身に移動するときに、視線をさえぎる障害物のために返って少女像が強調される。二句目、坂に映る細長い影は、少女の健やかさを想像させる。二句とも紀音夫特有の死の影を連想させるものはない。
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死の中の蝋燭の火を持ち歩く
昭和五十二年、「海程」発表句。落語に「死神」というのがあるが、それを意識したわけではないだろう。それなりの解釈を施しても面白くはならない。句の眼目は、謎が次の謎を呼び込むような措辞の中にある。「死の中」とは?「死の中の蝋燭」とは?「死の中の蝋燭の火」とは?「持ち歩く」とは?
歳月の水輪新しく飾る
昭和五十三年、「海程」発表句。紀音夫らしい新年詠。
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手がのびて幼児を攫う地の薄暮
昭和五十三年、「海程」発表句。夕刻の手の影が奇妙に伸びることからの発想か。すでに時代には、幼児が不意にいなくなるような危機感はない。作者の意識の中にだけ存在する。
帆船の揺れを鏡に理髪店
昭和五十三年、「海程」発表句。理髪店には、異次元の時間が存在する。白布に包まれた状態でそれを感じたのだろう。
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