2008-12-07

「俳句人口1000万」伝説 さいばら天気

「俳句人口1000万」伝説 
いいかげんにしませんか、妄言を垂れ流すのは

さいばら天気



ときどき耳にする「俳句人口1000万人」。人と場合によっては、それ以上の数字にもなる(*1)

すこしでも常識があるなら、その常識によって醸成される実感から、「そんなのあり得ない」と笑ってすませておく類のバカ話なので、放置しておけばいいのだろうが、あまりにこれが繰り返されるとなると、一般の人から「俳人とは誇大妄想狂の集まりか」と思われてしまうのも、かなり当たっているが、ちょっと癪なので、一度くらいは、この「俳句人口」を話題にしておきたい。

「1000万人」という数字がいかに途方もない妄言かを、あまり労力をかけずに示す、というのが本稿の目的である。

  

 『レジャー白書』という広く知られる刊行物(年刊)がある。そこに各種余暇活動への参加人口を年次で調査した結果が掲載されている。調査精度について細かく評定できないが、事業企画、研究レポート等に広く利用される数字であることからすれば、まあ、ある程度、信用していい。

この『レジャー白書』で「俳句」への参加人口を見れば一目瞭然なのだが、残念ながら、「俳句」単独での調査はない。「文芸の創作(小説、詩、和歌、俳句など)」という項目で、数字が出ている。2005年データは次のとおり(*2)

「文芸の創作(小説、詩、和歌、俳句など)」 3.8%(410~420万人)(*3)

ここでこの記事を終わってもいいだろう。小説、詩、和歌、俳句などへの参加人口の合計が400万人強。それを「俳句人口1000万」と宣うのが、いかに馬鹿げたことかは明白。

「北海道は広いぜぇ。日本より広い」と言うに等しい(譬えがヘンか)。
「私んとこは四人家族のうち九人が女性です」と言うに等しい(やっはり譬えがヘンか)。


ちなみに、「文芸の創作」の周辺にランキングされた余暇活動(趣味・創作部門の20項目のうち)を挙げる。

「趣味工芸(組みひも、ペーパークラフト、革細工など)」 4.4%
「書道」 4.2%
「文芸の創作(小説、詩、和歌、俳句など)」 3.8%
「お花」 3.4%
「コーラス」 3.3%
「模型つくり」 3.0%
「陶芸」 2.7%
「お茶」 2.5%、
「邦楽・民謡」 2.2%
「絵を描く、彫刻をする」 2.2%
「洋舞・社交ダンス」 2.1%
「おどり(日舞など)」 1.2%

  

では、「文芸の創作(小説、詩、和歌、俳句など)」400万人強のうち、俳句人口はどれくらいなのか。

「小説」「詩」の創作をやる人は少なそうだ。「和歌」はどうなのだろう? 「俳句」のほうが多いような気がする。「俳句人口」が「和歌人口」の倍、とは考えにくいが、仮に、400万人強のうち俳句人口が(俳句・和歌どちらもやるという人も含め)70%を占めるとしても、約300万人、半分を占めるとすると200万人強。

めいっぱいの誇大広告としても、せいぜい300万人がいいところ。それでも「和歌」ほかの分野から文句が出ることを覚悟しなければならない。

「俳句人口1000万人」はおろか、「500万人」でも、充分に妄言といえる数字だ。

 

もうひとつ、大事なことがある。参加頻度という要素である。

「レジャー白書」の言う「参加人口」とは「過去一年以内に一回以上、参加した余暇活動」という括りだ。俳句で言えば、毎月、句会に参加し、ふだんから俳句をつくっている人の数ではない。例えば、たまに俳句をつくる、数カ月前に句会に参加した、といった人たちも含んでの数字だ。

参加人口を、参加頻度別の人口で整理すると、一般に、富士山のようなかたちになる。つまり、参加頻度の低いライトユーザー層が多く、頻度の多いヘヴィーユーザーほど少ない。俳句がそれにぴったり当てはまるかどうかは不明だが、私たちがイメージする「趣味は俳句」の人口は、俳句人口の全体ではなく、そのうちの数割である。

さらには、どこまでを俳句とするのかという問題もある。普通に俳句をやっている人が見て、「これを俳句というのか?」と愕然とする類のものまで、自分で俳句と呼んでいることががきわめて多いことは、例えば検索やブログ・ランキング等でさまざまな「俳句ブログ」をすこし眺めてみるだけで察しがつく。これもまた上述の「参加人口」に入ってくるのだ。数字では表せない側面なので、バイアスにするのは難しく、「それもまた俳句なのだ」とする見識もあり得るが、そうすると、俳句人口という言葉からイメージするものとはかなり遠くかけ離れたものまで包含しなければならないことになる。

 

これらを考え合わせると、さきほどあげた「どれだけ多く(非現実的なほど多く)見積もっても300万人」という数字も怪しくなってくる。これ以上さらに精査する術がないが、推測するに、水増しを最大限大目に見てもらっても「200万人」、個人的には「最大100万人」が妥当な線と見ている。

いずれにせよ、「俳句人口1000万人」が途方もなく馬鹿げた数字であることが、実感では当初から充分にわかっていたことにせよ、あらためて、簡単な資料を元に提示できたと思う。

ある種の俳人さんは、花を見て直感的に句をものにするのと同じ手法で、直感的に「1000万人。あるいはそれ以上」と「俳句人口」を把握したのだろうか? どんな句を捻っても勝手だが、ふわふわとした憶測と希望から数字を創作するのは、まずい。

 

「俳句人口1000万人」の類を口にするのは、どうも、なんだか、エラい人に多い。俳句のメジャー性を「人口」という数字で示したいのかもしれない(*4)

でも、もうわかったでしょう? いいかげんやめませんか、このたぐいのバカを垂れ流すのは。




(*1)例えば以下のとおり。

俳句は老若男女を問わず誰もが親しんでおり、まさに国民文芸となっています。俳句人口は国内で1000万人とも言われますが、私の感触ではもっといますね。金子兜太インタビュー:『東洋経済』

ただし、これは一例に過ぎない。1000万人をはるかに超える数字が口にされることさえあると仄聞する。

(*2)データはネットから拾ったので、数字に間違いがある可能性はある。図書館に出かけるのが最良だが、「手間をかけずに」とおことわりしたとおり、こんなものに時間を費やすこともない。細かい数字の間違い、計算の誤差は、本旨に大きな影響を与えない。

(*3)男女別の調査結果がある。男性3.0%、女性4.9%。「文芸」への参加は圧倒的に女性が多い(実感レベルで私たちが理解しているとおり)。また、近年の俳句人口「増加」が口にされることが多いのと裏腹に、調査データ上、「文芸」への参加率はこの10年、年々減少の傾向にある。

(*4)数字でメジャー性を示そうという魂胆にも大きな間違いがあることを書き添えたい。この種のマイナー/メジャーに「参加人口」は大きな要素にならない。例えば、クラシック音楽、あるいはジャズでもなんでもいい、演奏を趣味にしている人の数よりも、カラオケ人口ははるかに多い。だが、クラシック音楽やジャズにマイナー性を、カラオケにメジャー性を結びつけることはできない。

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