〔週俳11月の俳句を読む〕
鈴木茂雄
嘘をついたらアカン
水無月の扉のような同級生 小野裕三
比喩は詩の命。ことに短詩形に用いて成功したときは、その威力を何倍も発揮して詩的スパークを放つ。揚句は線香花火のように寡黙だが、鮮やかにその好例を示す作品に仕上がっている。同級生は水無月の扉のようだ、作者がそう思ったこの「水無月の扉」とは一体どんな「扉」なのだろう。一読、そんな疑問が湧いてくる。再読、そんな「扉」を喩えに引いて描いた「同級生」とは、作者にとってどんな人物像なのだろう、という思いも頭を擡げる。一見、少し難解な作品のようだが、そんなことを考えながらこの句の迷路を歩いて行くと、次第に出口の明かりが見えてくる。例えば作者が使用した季語「水無月」が重要なキーワードになる。「水無月」とは陰暦六月の異称だが、ではなぜ作者が六月と言わずに「水無月」という言葉を用いたのか。そのあたりにこの句を読み解くヒントがありそうだ。押せば手応えのある重い「扉」だったのか、それとも思ったより軽かったのか、そんなことが気になり出したらもうこっちのものだ。推理小説より面白い、俳句は。
村芝居大きな月も顔を出し 長嶺千晶
「村芝居」は秋の季語。それにつづく「月」も秋の季語だが、「大きな月も」と「月」が脇役に徹しているので、いわゆる季重なりは気にならない。揚句の場合は気にならないどころか、「真向に望月あげし村芝居 木附沢麦青」という似て非なる先行句と比較するまでもなく、むしろ「月」は効果的な役割を演じていると言っていい。「大きな月も顔を出し」と言いながら、じつは「村芝居」を見物する老若男女の村人達の顔はむろんのこと、豊穣な秋の夜の闇に見え隠れするもろもろの小さなものたちの顔まで克明に描き出し、あわせて「村芝居」という季語の本意を的確に把握した大柄な作品に仕上がっている。「も」の一語がこの句の奥行感を深めているからだろう。
秋風や歩いて埋まる人類史 中山宙虫
「秋風」の中を「歩いて」いた折にふと思い浮かんだ感慨だろう。切字「や」に勢いがあるのはそのためだ。それにしても「人類史」とはまた大きく出たものだ。だが、何度も繰り返し読んでいるうちに、その「人類史」がまるで郷土史のような身近なものに思われてくるから不思議だ。われわれの祖先の歩んできた道程が早送りの映像のように眼前に浮かぶ。地球、ホモ・サピエンス、直立猿人、二足歩行、進化、石器、アフリカ、ユーラシア大陸、ネアンデルタール人、化石・・・。わたしの貧しい世界史のボキャブラリーを思いつくまま並べてみたが、「人類史」にはそれ以上のコトバが内蔵されているはずだ。「歩いて埋まる人類史」というフレーズには、高橋悦男の「蓬莱や海に始まる人類史」という句とはまた違った、つまり、直立二足歩行以来の人類の歴史を彷彿させるものがある。
美しき嘘狐火を見しことも 八田木枯
「嘘」をついたらアカン。子供の頃、大人からよく聞かされた言葉だ。だが、人はときにはウソをつかなければならないことがあるということを知ったのは、いや世の中はウソの数の方が多いということに気がついたのは何時の頃からだったのだろう。もうすっかり忘れてしまったが、世の中には「美しい嘘」というものもあるのだ、ということを知ったのは覚えている。詩や俳句を読み始めてからだ。富安風生に「狐火を信じ男を信ぜざる」という句があるが、揚句はまるでそんな女が発した言葉のようだ。「狐火」は【《狐の口から吐き出された火という俗説から》1闇夜に山野などで光って見える燐火(りんか)。鬼火。また、光の異常屈折によるという。狐の提灯(ちょうちん)。《季冬》「—や髑髏(どくろ)に雨のたまる夜に/蕪村」】とあるが、狐火を見たというのはおそらくウソだったのだろう。だが、ウソをつくうちにいつの間にかそれがウソなのか本当なのか自分でも分らなくなって、それはやがて本当のことだったのだと思い込むようになる。ウソの中にもそんな「嘘」があり、しかも「狐火を見し」というような虚か実か分らないウソは、ウソの中でも最も「美しい嘘」部類に属するウソなのだ。そしてその「美しい嘘」が「狐火」のように妖しくて深い夜の闇を負っているということを知ったのは、わたしに息子が出来てその息子に「ウソをついたらアカン」と諭す歳になってからだった。作者の八田木枯さんもきっと言ったことがあるのだろう、わても狐火をみたことおまっせ、と。
■小野裕三 医大方面 10句 ≫読む
■長嶺千晶 大きな月 10句 ≫読む
■中山宙虫 ゆらぎ 10句 ≫読む
■八田木枯 夜の底ひに 10句 ≫読む
■寺澤一雄 行 雁 アメリカ雑詠 10句 ≫読む
■中西夕紀 夢 10句 ≫読む
■冨田拓也 冬の貌 10句 ≫読む
■谷さやん 献 花 10句 ≫読む
■斉田 仁 なんだかんだ 10句 ≫読む
■大石雄鬼 狐来る 10句 ≫読む
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2008-12-07
〔週俳11月の俳句を読む〕鈴木茂雄 嘘をついたらアカン
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