2008-12-21

鷹女への旅  第13回 三宅やよい

 鷹女への旅  第13回

 墜ちてゆく 炎ゆる夕日を股鋏み



 三宅やよい

初出『船団』第76号(2008年3月1日)



「 海 峡 」 の 変 容

「俳句評論」昭和三十五年七月号に鷹女は「海峡」と題して12句を発表している

 饐えた臓腑のあかい帆を張り凩海峡

 大海のまんなか凹み死魚孕む

 もう一漕ぎ義足の指に藻を噛ませ

 巌凍る怒髪のうにを置き曝し

 化石にはりつく化石の胴體浪まんだら

 浪から上がった鯛の横縞浪血走る

 島は島ぶし貝の柱に刃先入れ

 亡母貝掘るらくだの背のやうな海面

 藻にあばら軟體魚族巻き搦め

 讃美歌や足長くらげ砂に溶け

 干河豚の身が透く萬波沖へ去り

 巌の断層横貌刻み月の横貌

 抜手切る龜よ落暉は沖で待つ


鷹女は『羊歯地獄』の昭和三十四年の部立てでこの題名をそのまま使っている。ただ、当時の構成と句集収録の構成では決定的に違うところがある。句の並びを変え、一字空きの表記を多用している部分である。

 饐えた臓腑のあかい帆を張り 凩海峡

 島は島ぶし 貝の柱に刃先入れ

 亡母貝掘る らくだの背のやうな海面

 藻にあばら 軟体(體)魚族巻き搦め

 巌凍る 怒髪のうにを置き曝し

 浪から上がった鯛の横縞 浪血走る

 讃美歌や 足長くらげ砂に溶け

 大海のまんなか凹み 死魚孕む

 化石にはりつく化石の胴躰(體) 浪まんだら

 巌の断層 横貌刻み月の横貌

 もう一漕ぎ 義足の指に藻を噛ませ

 干河豚の身が透く万(萬)波 沖へ去り

 抜手切る 亀(龜)よ 落暉は沖で待つ

昭和三十四年から鷹女が多用しはじめた一字空きの手法であるが、発表誌を比較対照すると後から入れられたことがわかる。赤黄男のように内にあるイメージを結晶させるのに必然的に空白を置いたというより、切れの部分をより強調するために一字空きにしているように思える。空白が置かれた部位は上五の後か中七の切れ目に多く、最後の句をのぞき一字空きの部分は一箇所である。

私は『羊歯地獄』で最初の句を読んだとき、「饐えた臓腑の赤い帆を張り」と、一気にイメージを広げながらも、長い沈黙のときを経て「凩海峡」という言葉にたどり着いたと思っていたのではそうではないようだ。空白を入れたことで、読みに与える変化はあるだろうが、鷹女自身の俳句の方法論から出てきた空白ではないように思われる。

現代俳句協会で二〇〇七年九月に行われた高原耕治による学習会(多行形式の発生──存在の<空性>を巡って)に参加して聞いたところによると、富沢赤黄男が戦後初めて一字空白を駆使した作品は『太陽系』昭和二十二年だという。高柳重信も一行形式の中で空白を駆使しているが、その後多行形式へ移行していったらしい。

事実二人の作品の変化を追ってゆくと、彼らの思考過程が表現形式と不可分に結びついての一字空きであったことが高原の説明を聞いてよくわかった。例えば赤黄男など「天の狼」時代から一字空きの表記はあるが、「旗艦」の発表時に一字空きでないも先行の作品に空白を入れて推敲することはあったようだが、彼にとって空白は切れ以上に強力な装置でなければならなかった。それはやがて、改行や形式の変形に繋がる端緒となるものであった。

その点から言えば鷹女の空白はなぜこの形式なのかと問いに対し、あまりに無防備なように思う。空白の在る無しによって上下の関係性が変わるほどの必然性のある作品は多いとはいえない。事実、鷹女は昭和三十四、三十五年を限りにこの表記を使っていない。

だが、然し、私の「薔薇」参加後、三年を満たずして富沢さんの姿は此処に見られなくなつた。バッタリ書かなくなつた富沢さんを、私は或る時は憎んでゐたかも知れなかつた。いゝえ限りなく愛してゐた私であつたかも知れない気がする。(「最後の訪問」昭和三十七年六月『俳句評論』所載)

鷹女がこの時期にこの表記を使い始めたのは「バッタリ書かなくなった」赤黄男に挑み、鼓舞する目的もあったかもしれない。そればかりではなく一拍休止を置くことで意識的に禍々しい世界を呼び込もうとする試みに磨きをかけ、より強烈に自身の内部でイメージを増幅させようとしたのだろう。鷹女が自分の内部へ沈潜してゆく過程を表すのにこの手法が必要だっただろう。


『 羊 歯 地 獄 』 発 想 と 創 作

独自の幻想的世界を描き出したように思える鷹女の句について、例えば安井浩司などは実際に鷹女の家に羊歯が植えられて、薔薇があり、彼女の句が独自の言語空間として創造されたのではなく、現実の日常と結びついたところから発想され、案外身近なところに着地してしまう点について不満を述べている。

薔薇があり、羊歯がある。地獄があり詩法がある。それは、それでよい。だが、方法的人間とはもうひとつ羊歯や地獄と断絶してところにあるのではないか。そういう存在の直喩性を超えたところから始まることではないか。─中略─何のことはない。羊歯地獄とは鷹女自身の謂ではなかったか。(安井浩司「鷹女とは」)

安井の言うように、「羊歯地獄とは鷹女自身の謂」であった。鷹女は自身の感情を、体験を、相対化しない。彼女にとって自分が直に感受したことは絶対である。痛みによって、自分の孤独を追い詰めることによって俳句を書く。その点については前回引用した川本茂樹の評が当たっているように思う。「彼女が語るのはもっとも身近な生活的な「こと」にしか過ぎない。「片的な些事を通じて秩序が確立されてゆく。彼女の苦悩は妥協を許さない。彼女には弛緩がない。これが鷹女を多忙にし、病身にし、且つその俳句を成立させる。」というくだりだ。

鷹女は台所の小窓から夫が移植した庭にはびこる羊歯を見つめる。この家に移転したときに息子陽一が丹精した薔薇はことごとく枯れてしまった。鷹女は羊歯の増殖する家に閉じこもり、老いを重ねてゆく。日々女を失ってゆくことと来るべき死への不安と孤独が彼女の喉元を締め上げる。

まな板に置かれた赤い魚の腸を包丁で引き出すうち、何かが彼女の脳裏に閃く。「饐えた臓腑」…その言葉から、魚の肺腑は三角の帆になり、日常と異次元にある海へ漕ぎ出すことになる。そこを基点に広がる光景。駱駝の背のように曲がった海面、掌にとろける海月。おぞましく呪われた場面が連続して現れてくる。身体の弱い彼女は家事の合間にベッドの横になりつつ、いよいよ無口になってゆく。句帳は常に周辺にあり、共に暮らしていた嫁の絢子さんによると、突き詰めた顔で始終俳句を考えていたそうである。彼女は執拗に自分の内部を覗き込み、自分をおびやかす不安を容赦なく言葉でめくりあげてゆく。

描き出された「海峡」の句を読み返すと一句、一句がシュールレアリズムの映画のショットのように感じられる。それは今まで誰も描くことのできなかった幻想的な光景であるとともに覗き見たとたん目をそらしたくなるグロテスクなものである。今まで誰がこんな光景を俳句で描こうとしただろう。幻想に力を与えているのは彼女自身の孤独と不安の切実さであろう。


諸 作 品 に つ い て

 雪をよぶ 片身の白き生き鰈

鰈は腹の部分が白いがこの片身とは腹の部分をさしているのだろうか。鰈は砂の中に身を隠しているのが通常だから、身を起こせば海中で砂が舞い上がる、その景色は容易に雪が舞い上がる景色をも想像させるが、それなら、わざわざ生き鰈と限定することはないだろう私には片身をはがれて水中にある魚が思われてならない。生きながら白い片身をさらしている。その痛みが雪を呼び寄せているのだろう。

 候鳥や 折れた片翼頸に吊り

どうしてこう自虐的な光景を描くのだろう。候鳥であるから渡りはしないだろうが、羽根の折れた鳥は死ぬしかない。しかもその折れた翼で縊れているとも思える。飛べない閉塞感と残酷な死に様が自画像として強調される。

 墜ちてゆく 炎ゆる夕日を股挟み

この句などには死と隣りあわせの激しいエロスを感じさせられる。『羊歯地獄』には性の衝動や生臭さを感じる句がときおり見られる。

 遠ちに僧形木蓮ぐぐと花開く

 てのひらに蜂を歩ませ歓喜仏

 花火待つ花火の闇に脚突き挿し

女が女としての性を終わる。その女の終焉を沈む太陽もろとも沈めてしまおうとするのだから、凄まじい。気性の激しさとともに、女が年老いるどうしようもなさが、一直線に表現されている。墜ちる、炎える、股鋏み とたたみかけてくる言葉の激しさは読み手を焦がさんばかりに迫ってくる。自分もろとも股挟みに夕日を沈ませて闇を呼び込むのだ。上五の一字空きがなければ、墜ちてゆくがすぐあとの「夕日」の形容になってしまう。墜ちてゆくのは、鷹女自身でなければならない。この空白の有り無しの違いは大きい。

 羊歯地獄 掌地獄 共に飢え

庭に一面に広がる羊歯。鷹女は自分の手をじっと見つめる。そこも自己に限定された場所であることに変わりはない。羊歯地獄、と呟きじっと見つめる掌にかぶせて掌地獄と呟く。そのあと飢えているのは羊歯の生い茂る囲われた庭であり自分の掌であり、その掌を持つ自分自身であることは彼女にとっては自明のことだっただろう。

 氷上に卵逆立つ うみたて卵

卵はとがったほうが上なのだろうか。その卵が氷の上に逆立ちになっているのである。深刻ぶるより何だかおかしみがこみあげてくるが、鷹女は笑わない。逆立つのは浪ではなく卵。その卵はまだ暖かい体内から出たばかりの「うみたて卵」が氷上に置き去りにされているのだ。うみたてとわざわざ限定したのは、孵化するかもしれない可能性を「氷上」で消したかったからだろうか。意味を説いてゆくと陳腐になってしまう。ただ氷上に置き去りされた卵が立っている不思議な景を心に刻みつけたい。

鷹女が表現しようとしたのは、女の情念や妄執のようなものだったろうが、このように自身の内部を隅々まで覗き込んで俳句で表現しようとすることはある意味不毛で、危険なことなのだろう。俳句は読み手の想像にまかせる曖昧な部分があって、それが「読み」と証する鑑賞行為の成り立つ領域なのかもしれない。薄皮一枚で自分をさらしだし、追い詰めてゆくこんな俳句は作り手にも読み手にもしんどい。季語を核とせず、自身を自虐的に追い詰めることでリアリティを確保しようとした鷹女は俳句の持つ曖昧な部分を真っ向からそぎ落としていった。

「優れた俳人は荒廃する」とは高柳の言ではあるが食うもののなくなった俳句形式は最後には作者を食ってしまう。作者独自の文体にたどりついたとそれは型となり、逆に作り手を拘束しだす。彼女は逃げ道を用意しようとしなかった。その過激さにおいて鷹女は、沈黙するまで俳句形式を突き詰めていった赤黄男と似ておりその意味で高柳は赤黄男の後継者は自分ではなく鷹女だと前回の座談会で語っていたのだろう。


『 羊 歯 地 獄 』 の 評 価

『羊歯地獄』発刊当時の書評などを探したが「俳句評論」でさえ昭和三十六年十月の津久井理一の「羊歯地獄寸感」があるのみ。それもほとんどが作品ではなくて彼女の人となりを述べる文章で、句については一句として鑑賞さえ試みていない。

句集『羊歯地獄』はまことに複雑な句集である。それは鷹女の生きた時代が複雑でありその生活経験もまた複雑であっためであろうが、なによりも鷹女という強く頑固な個性が作用して、読者を右往左往させるようだ。俳句が邪魔になって鷹女が見えないもどかしさも感じれば、鷹女が邪魔になって俳句が見えないということもある。

鷹女が描き出したおどろおどろしい世界を直視する勇気がなかったのか、勿体ぶった抽象論で逃げを打っている。抽出された句も羊歯地獄をテーマとする六句にとどまっている。「俳句評論」でさえこうなのだから、ほかの結社誌、総合誌などは推して知るべし。「俳句」に楠本憲吉の書評が掲載された程度だろうか。そのことも鷹女は充分予想していただろうことは、あとがきを読むとわかる。その中で、自分は他人からみれば笑止の沙汰である一粒の「薬」を創り出すことに心を傾けてきたと述べる。

練り上げ、やうやくにして練り固めた鈍銀色のこの薬を、私はもう間もなく、誰もゐない処で、こつそり嚥み下さうとしてゐる。私だけが飲む薬、私だけに効く薬!かうした念願をかけて創り上げたものではあるけれど、飲み下した後で、果たしてどれだけの効果をあげる事が出来るだらうか──。

『羊歯地獄』は何より鷹女自身の変革のための骨身を削った実験の結果であったといえるだろう。回りの評価なんぞは最初から鷹女の期待するところではなかった。

貧しい私の仕事に、常に温かな瞳を注いで下さつた方々に、この一集を贈つて感謝のしるしとしたく、御一読の上この仕事の過程など汲み取つていただければ倖である。

あとがきのこのくだりが『羊歯地獄』の全てを語っている。



(つづく)


【参考文献】
『三橋鷹女全集』立風書房


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