2009-01-25

鷹女50句テキスト

 三橋鷹女50句 三宅やよい選

『向日葵』
夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり
冬来るとあたりけだものくさきかな
ひるがほに電流かよひゐはせぬか
みんな夢雪割草が咲いたのね
カンナ燃え長き軍刀してゆけり
茱萸は黄に暁さめてゐる乳房
しやが咲いてひとづまは憶ふ古き映画
爆撃機に乗りたし梅雨のミシン踏めり
書き驕るあはれ夕焼野に腹這ひ
雪を来てボーイ新鮮なり地階
あたたかい雨ですえんま蟋蟀です
まなぶたに花ちる朝は字を習ふ
亡びゆく国あり大き向日葵咲き
『魚の鰭』
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
沈丁やをんなにはある憂鬱日
かはほりは火星を逐はれ来しけもの
若葉してうるさいッ玄米パン屋さん
『白骨』
昔雪夜のラムプのやうなちいさな恋
千万年後の恋人へダリヤ剪る
月見草はらりと地球うらがへる
初湯出て青年母の鏡台に
白露や死んでゆく日も帯締めて
老いながら椿となつて踊りけり
チューリップ驕慢無礼なり帰る
鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし
天が下に風船売となりにけり
『羊歯地獄』
がくぜんと秋や不貞寝の床を出て
夫なしに似てうつくしや狐火は
鴨翔たばわれ白髪の媼とならむ
凍鶴の真顔は真顔もて愛す
青葡萄天地ぐらぐらぐらぐらす
ひまはりかわれかひまはりかわれか灼く
遠ちに僧形木蓮ぐぐと花開く
花火待つ花火の闇に脚突き挿し
饐えた臓腑のあかい帆を張り 凩海峡
羊歯地獄 掌地獄 共に餓ゑ
墜ちてゆく 炎ゆる夕日を股挟み
『橅』
囀りや海の平らを死者歩く
死ぬも生きるもかちあふ音の皿小鉢
鍵屋老い九月真紅の鍵作り
枯羊歯を神かとおもふまでに痩せ
くるるるるるる音無谷の羊歯のうぶごゑ
ひれ伏して湖水を蒼くあをくせり
学生寮いびつに肥りカリンの実
一匹の蟻ゐてありがどこにも居る
『橅』以後
うつうつと一個のれもん姙れり
巻貝死すあまたの夢を巻きのこし
藤垂れてこの世のものの老婆佇つ
千の虫鳴く一匹の狂ひ鳴き
寒満月こぶしをひらく赤ん坊

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