2009-01-04

〔俳句つながり〕貪欲の人~菊田一平さんのこと 境野大波

〔俳句つながり〕
雪我狂流→村田篠→茅根知子→仁平勝→細谷喨々→中西夕紀→岩淵喜代子→麻里伊→ふけとしこ→榎本享→対中いずみ→川島葵→境野大波→菊田一平


貪欲の人~菊田一平さんのこと

境野大波



もう六年ほど前になるが、菊田一平さんの第一句集を手にして、面食らったのは多分私だけではないだろう。

「どっ、ど、ど、どういう句集だ、これは?」と誰もが首をひねった筈である。句集の題名が『どつどどどどう』(角川書店)というものだったから。

しかし、句集の頁を開けば、その疑問はたちまち氷解する。これは、あの宮沢賢治の「風の又三郎」の冒頭に掲げられた詩の一節……「どっどど どどうど どどうど どどう、/青いくるみも吹きとばせ/すっぱいくゎりんもふきとばせ」から、一平さんが俳句に詠みこんだ

  どつどどどどう賢治の空や木の実落つ

から採られたタイトルなのだった。

一平さんの出身地は、宮城県北部の気仙沼市であり、賢治のイーハトーブ=岩手県はすぐお隣という土地である。おそらく一平さんは、少年時代から宮沢賢治にごく親しいものを感じていたことだろう。北国の海沿いの町では、「どうっ」と風が空に鳴る音や、ぱらぱら木の実が落ちる音も、耳に馴染んでいたのではないだろうか。「どつどどどどう」は決して奇をてらった題名ではなく、郷愁を感じさせるタイトルなのだと私には思えた。

一平さんに会ったことのある人は、あのフットボールのように丸いお顔と、少年のように純粋な黒い瞳に、強い印象を受けるのではないだろうか。あんな目をした人に、前に会ったことがあるような気がする。クレヨンしんちゃん、みかん君……いや、違うな。マンガでなくて、現実の人だった。そうだ、私が報道の現場で仕事をしていたころ、時化た海から帰ってきたばかりの漁師さんの目がちょうどあんな風だった。

  荒海の音のぶつかる白障子

  助惣の腸のもも色雪が降る

  糶りの声つぎの鱈へと移りけり

  風光る方へ舳先を向けて漕ぐ

いずれも、『どつどどどどう』に収められた句である。多彩でエスプリの効いた句群の中にあって、むしろ技巧を凝らさぬ着実な写生句たちだが、こうした漁港や航海など海をめぐる一平さんの写生句を、私は大好きである。一平さんが、故郷気仙沼の潮風の記憶を、今もあのどことなく可愛らしい目に宿しているのだと私は信じているのだ。

私が一平さんに初めてお会いしたのは、ざっと十五年ほど前、私がさる俳句結社の軒先三寸をお借りして俳句のイロハを学びはじめた時である。そのころ一平さんは既にこの結社の輝かしいホープ的存在であったが、当時の一平さんが詠んで今も私が鮮明に記憶している俳句が、やはりこの『どつどどどどう』に収められている。

 大丸をぬけて行くのが恵方道

 芋煮会いつも水汲む役ばかり

これはいわゆる「おもしろ俳句」だろうか。当時は私自身の俳句もそう呼ばれることが多かったが、少なくとも一平さんの句は「おもしろ」だけを目指しているのではなく、ずるいヤツだがちょっと情けない、ジョンレノンが好きで豚の耳などこりこり噛んでいる、そんな愛すべき人間性を俳句のかたちで捉えようと悪戦苦闘していたのだと、いま私は確信している。

いきなり私事を書くが、私もまた一平さんと同郷の宮城県出身であり、私の亡くなった父親は「みちのく」という俳誌の編集長をつとめていたことがある。「みちのく」は原田青児主宰のもと現在神奈川県から発行されており(近く終刊になると聞くが)、昭和三十年代の当時は、創刊した遠藤梧逸師のもと仙台を本拠地にしていた。実は一平さんの父上はこの「みちのく」を読んで俳句を学んでおられたらしく、編集長であった私の父の名もよく御存知であると一平さんから聞いたことがある。一平さんに俳句のイロハの手ほどきをしたのはその父上であるということで、俳縁というものの不思議さをつくづく思わずにはいられない。

  甥つ子の来て豆飯の噴きあがる

  青田風父の寝嵩のさみしかり

  弟のいつもなみだ目白菖蒲

  盆帰省いつも右手に海を見て

  曽祖父の大礼服に風入るる

同じく『どつどどどどう』より。

実際のご実家やご家族のことを詠まれたのかどうかは分からないが、ほのぼのとした人間的な情感が伝わってくる。季語の斡旋が、舌を巻くほど秀逸なせいだろう。ここにも一平さん流の郷愁が漂っている。

先にも書いたとおり一平さんは丸顔で、その表面積はかなり広い。お顔を拝見していると、ただただ茫漠と広く、その輪郭は霧の中にでも溶けていってしまいそうな気がするほどだ。実は一平さんは、物理的に顔が広いだけではなくて、社会的な顔の広さも相当なものなのである。あんなに言葉数が少なく、ボソボソしゃべっているだけの人なのに、例えば俳壇のパーティの席などでは、実に数多くの俳人と親しく言葉を交わしている。それは一平さんが積極的にあのフットボール顔を売りこんでいるからではなく、句会や吟行にマメに顔を出し、常に多くの俳人たちから学ぼうとしている貪欲さの日常的所産なのだ。だって、一平さんほど俳句が好きな人間を私は見たことがない。句会が終ったばかりでみんな身も心もぐったりしている時に、おもむろにバッグから短冊の束を取り出して、「さあ、袋回しをやりましょう」なんて言い出す人なのだ、一平さんという人は。

  なやらひの鬼の寝てゐる控への間

  頼朝の首を抱へてゐる菊師

  七月の風の来てゐる秘密基地

  花ちやんと犬は呼ばれて秋の山

  ひそひそと覗く巣箱の小さき闇

第二句集『百物語』より。

一平さんのことだ。節分の夜に、わざわざ鬼役の人が休んでいる控えの間を覗きに行ったに違いない。菊人形つくりの現場では、大きな図体の一平さんがさぞ邪魔だったのでは? 句作のために、犬小屋や巣箱どころか、秘密基地まで覗きに行く一平さんの貪欲さに、私はただ感服するばかりである。

貪欲だから、一平さんは沖縄だろうと上海だろうとニューヨークだろうと、行きたいところに行き、そこでまたせっせと好きなだけ俳句をつくる。

  魔除獅子(シーサー)の屋根に律儀に日の盛り

  旧租界路地に干さるる絹布団

  亜米利加の亀立ち泳ぐ日の盛り

  仏蘭西に行きたし鳥の巣を仰ぎ

フランスでもどこでも、俳句をつくりにいってらっしゃい。まだ自分が十分若く元気なんだと思えるならば……。でも、一平さん、あなたは最近二度も転んで脚にケガをしたではないか。酔っていたのかどうかしらないけれど、階段でよろけて転んだのだと聞いている。ひょっとすると、老化現象が足元から進行しているのでは?

純粋な少年の目を持つ一平さんの俳句を愛するがゆえに、一平さんの自愛を私は深く望んでいる。


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