句の中の人びと 山口東人30句より
佐藤文香
耳飾り外して笑ふお金持ち
大ぶりのイヤリングを外して、キラキラシャラシャラと笑うお金持ちは、すべて身に付けているものを外しても、やっぱりお金持ちにはちがいねぇな。
「笑ふ」つながりで、
つまづいて笑ふ大人や茸山
こっちの「大人」は、自分がつまづいたというただそれだけのことで、世界の調和を乱したりすることがないように、笑う。決して、つまづいた途端に笑い茸の毒が効き出した、というわけではないよ。
ヘルパーさん野菊のやうな文字を書き
ヘルパーさん。さん付けで呼ぶのがふさわしい。野菊のような、つつましやかでかわいらしい字をお書きになる。ヘルパーさん。いつもありがとう。あなたが書いてくれたメモ、実は大事にとってあるんです、なんて。
「お金持ち」、「つまづいて笑ふ大人」、「ヘルパーさん」。愛すべき作中人物たち。
続いて、次の句の中の人物はある意味すごい。
原発を借景にして毛糸編む
「原発」は、もちろん原子力発電所の略(「原発」は言葉としてだいぶ定着しているし、略語は日本の文化、私は気にしません)。原発が見える場所に住んで、毛糸を編んでいる。発電所のフォルムは美しいが、それが近くにあるとなれば日々の生活は不安なはずで。借景だなんて悠長なことを言って、毛糸なんか編んでるのは、悟りの境地か、それを演じているか。どっちにしろ、この句の静けさが、怖くていい。
電車過ぐ桃一列を買ふ夜かな
快速電車の灯が地面と平行に流れて…あれに乗りたかったのに…行ってしまった。いつも遅くまでやってる駅前の八百屋の店頭の桃は、さっきの電車の光の残像で、はっきり整列して見える。あんまり考えず、桃の一番手前の一列すべて買った。桃、桃、もも、モモ…、何やってるんだろう、桃を持って、各駅停車で帰る。この人酔っているのか、シラフならちょっと狂気。
毛糸編んでる人と桃を買った人は、あるいは作者本人かもしれない。別に作者じゃなくてもいいんだけど、興味深い人だなぁと思った。
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