2009-03-08

商店街放浪記5 天神橋筋商店街 小池康生

商店街放浪記 05  天神橋筋商店街

小池康生


本日、3月7日、ご近所の公園で土筆を発見。
杉の子がうじゃうじゃ生え、その近くで土筆6本を採取。
枚方市の住宅街の公園に土筆なんて。せっかくだから、そんな発見を記録しておいて、商店街のお話。

ドーナツ都市から打って変わって、大阪市内の天神橋筋商店街のお話。
アーケード付きの商店街でありながら、2.5㎞の長さを誇り、日本一長い商店街。大阪天満宮の参道である。

この商店街で、浦島太郎化したわたしに、二つの発見があった。
ひとつは、大阪天満宮の敷地に天満天神繁盛亭という落語専門の定席ができていたということ。何年か前にできているので、大阪人にはなんの驚きもない話だが、わたしは今頃驚いている。

東京には、落語の定席があるが、大阪にはなかった。
戦後60年ぶりに落語専門の劇場が誕生したのである。大阪の戦争を知らない世代は、落語の定席も知らないのである。
1階2階合わせて、216席。
平日の昼席を途中から観に行ったところ、「これからの時間は立ち見です」という看板があがっていた。満席の後ろに立っているのも気持ちのいいものである。

昼席が終わると、劇場の前では劇場から出てくる客と、彼らを送り出す中堅やベテランの噺家が、一緒に写真を撮ったり談笑したり、その光景は春の季語にしたいくらい、ほんわかしていた。

桂文福さんなど、劇場の前でおばちゃんに近づき、一対一で謎掛けをやっている。
「おばちゃんと掛けて、○○と解く。その心は、どちらもすくすく伸びていきますうー」
幾ら聞きなれたネタとはいえ、マンツーマンの謎掛けはいいお土産になるだろう。

わたしたちの世代は、土曜日の昼下がり、テレビの演芸番組で初めて落語を聴いたものだが、これからは<繁盛亭世代>なんて言葉が生まれるかもしれない。繁盛亭で落語を知り、噺家を志す若者がきっと登場するだろう。

天神橋筋商店街の一番南側は、繁盛亭効果でかなりの賑わいである。
商店街とは多くの場合、参道であるから、神社が賑わえば商店街が賑わうことになる。

この大阪天満宮、夏は、日本三大祭りの<天神祭>で、100万人を越える人を集めるし、正月や受験シーズンも結構な人出となる。
しかし、年中行事以外、日ごろの集客は限られる。
そんなところに、平日も人を集める小屋ができたのだ。参道としてパワーアップすれば、商店街もパワーアップする。

商店街を北に進むと、すぐまた別の光景が見える。
ここで、第二の発見。
古本屋が目につくのだ。昔はこんなになかった。彼の天牛書店も看板を上げているではないか。

その昔、芝居の町道頓堀のど真ん中にあった有名な古本屋である。
川端康成や織田作が通った古本屋、大阪の古本屋のメッカともいえるお店である。道頓堀から芝居小屋がひとつ消え二つ消え、天牛書店もずいぶん前に、江坂という町に移っていたが・・・。

それが、天神橋筋商店街にも出店していたのだ。
天牛書店だけではない。矢野書房、エンゼル書房、常盤書房、駄楽屋書房など、10数軒の古書店が並んでいる。商店街の中にある古本屋街。
浦島太郎は、喜びならが戸惑う。なぜに?

某日。
年長の知り合いと、天神橋筋商店街で飲んだ。
わたしを呼び出したのは、元テレビ局のプロデューサーで、特に演芸番組を得意としていた人。俳句も少し齧るのである。
わたしが東京在住の折り、年に何度か電話が入り、
「これ、どうですか?」
と突然、こちらの呼吸も無視し、電話口で575を呟きだす。
そのたびに、わたしは慌ててペンを探し、近くの紙きれを裏返し俳句をメモする。そして、電話口の年長者の顔をつぶさぬよう、感想を言っていた。
今日は、わたしがものを訊く番だ。

何故、こんなにも界隈に古本屋が増えたのか。
解説はこうだった。
何年か前、この日本一長い商店街もシャッター商店街になりかけていた。

そんなとき、天満天神繁盛亭ができ、にわかに活性化してきた。
そこへ集まる客を狙ってか、古本屋が集まりだした。
キタやミナミの町と違い、このあたりは家賃が安い。しかも、商店街が古本屋に理解をしめし、いろいろと優遇もしたようであると。

そう言われれば、わたしにも思いつくことがある。
このあたり、テレビやラジオの編集スタジオが多い。
映像の編集、音の編集、それに広告制作の関係者も多い、コピーライター、デザイナーの事務所もたくさんある。加えて、落語好きも集まるようになった。

それらの人たちも、古本屋とフィットしたのだろう。
天牛書店をはじめとする古本屋は、確かにラインナップが面白いし、商品の揃え方、並べ方によって、古本屋はこんなにもカッコイイものかと思う。
 
そこで突然、東京の阿佐ヶ谷がフラッシュバックされる。
 
阿佐ヶ谷に暮らしはじめた8年9年前、この駅前を中心にして北に南に十軒近くの古本屋があった。
それが、ある年を境に一軒、二軒と消えていったのだ。
全部で四、五軒は消えたと思う。
パール商店街にできた話題の<ASAGAYA LOFT A>(新宿LOFTの系列)は、元は、古本屋だった。

古本屋が立て続けに潰れた原因は、ブック○フである。
駅前ではなく、パール商店街の真ん中にブック○フが誕生し、こんなところで商売になるのかと感じていたが、先行の古本屋が潰れるほどの力があったのだ。
今は・・・・どうだろう。
ブック○フも、一時のパワーがない。
蛸が自分の足を食って、力をなくしているような感じがある。

たしかに、安いのは安い。値段は二種類。定価の半値を少し上回る価格と、百円という価格。この二種類。
パール商店街のブック○フで、わたしは、藤田湘子の箱入り句集『白面』と、『春祭』をそれぞれ百円で買ったことがある。
ラッキーといえばラッキーだが、なにかイケナイことをしているような気になったものだ。書物の価値が壊れていくような気になる。
得した気分の反面、もうここは利用してはいけないと自戒するようにもなる。
(けど百円で、有名俳人の句集がでると放ってはおけないのだが)

出版社は元手を掛け、リスクも負っている。
作家を探し、企画し、打ち合わせを繰り返し、励ましなだめ原稿をもらい、校閲をし、印刷をし、製本をし、営業をし、本屋に本を並べる。儲けたり赤字を出したりしながら、出版を繰りかえす。

しかし、ブック○フは、元手を掛けない。
安く買い取り、二種類の値段を付け、売るだけ。
おまけに、本を作り上げた出版社よりも利益率がいいのだ。
本を作りもせず、作家も育てず、本を探し求める人たちと深い関係も築かない。プロとしての査定もなく、バイトが買い取り、バイトが値段をつけられるシステムのなか、安売りという一点で客を引きつける。
 
結果、一般書店の本が売れなくなる。出版社も儲けが薄くなる。
小判鮫には、小判鮫の生き方があるだろうに。

阿佐ヶ谷で、次つぎと古本屋が潰れていく様を見た時、これからはネット販売をしない古本屋は、潰れるのみと確信を持ったので、今回、大阪で目撃した古本屋街の出現には感激もし、驚きもした。

無闇に売れる本だけを集めそれを安売りする古本屋と、古本の価値を知って古本を扱う店は別物である。
古書店には、空気があるし、本の集め方並べ方に美しさがあるし、彼らは、客の要望に応えられる。頼もしいぞ、今ごろ古本屋の隆盛とは。

天神橋筋商店街は、落語や古本屋などとともに個性を増している。
商店街には、色々な店が並びつつ、一方で<大阪天満宮>、<天満天神繁盛亭>、<古本屋街>と、どこかストーリー性を持って繋がるところに面白さを感じるし、かつて道頓堀の芝居小屋に存在した天牛書店が、新しい落語の定席の近くで輝くのも、なにか因縁めいて面白い。 


 春陰や煙草の匂ふ友の辞書  長嶺千晶

                  (一週置いての次回へ)

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