〔阿部完市の一句〕淡路島と色彩学とはるかなり
冨田拓也
掲句は「淡路島」と「色彩学」という2つの単語と、それらが「はるか」であると説明する言葉のみで成立している。遠くにある「淡路島」の緑色の姿が白い雲の下で青い海の上に浮かんでいるイメージと、「色彩学」における寒色から暖色までの様々な色調が思い浮かぶ。
そして「淡路島」の「淡」という文字と「色彩学」という言葉の連繋作用によって1句の世界全体が水彩画のように「淡彩」の茫洋としたイメージで覆い尽くされる。言葉と言葉の関係性から浮かび上がる不確かな幻像。まるで「蜃気楼」のような作品である。
阿部完市の作品から感じられるのは、まさしく「言葉の関係性の面白さ」そのものであろう。齋藤慎爾編「二十世紀名句手帖」を通読していた際、阿部完市の作品に出会う度にそのあまりに際立った異質性から周囲の作風との階梯がまざまざと感得され、一再ならず驚嘆した憶えがあった。それは阿部完市が他に容易に紛れることのない作風、即ち固有の文体の持主であることを周囲の俳句作品との比較作用によってまさしく「痛感」した瞬間であった。
他人と異なる表現を行うのには想像以上の困難を伴う。それは「孤独」という問題に深く関わってくるからである。それでも長い年月にわたり安直な位相にとどまることなく特異な作品行為を継続し、容易に他に紛れてしまうことを潔しとしなかったのは、やはり阿部完市という作者の深奥に自らの作品を希求せんとする強い意志が内在していたためであろう。
しかしながら、自分はこれまでずっとあまり熱心な阿部完市の読者ではなかった。各種のアンソロジーなどでその作品世界の一端には何度か触れてはいたものの、その作品については、句集などで纏めて深く読み込む機会を自らの怠惰のために逸し続けてきてしまったのである。いつかこの特異な作風の所有者の全貌についてしっかりと把握したいという思いとその必要性を強く感じてきたのだが、それが果たせないまま今回の訃報に接することになった。
この作者について今後考察しなければならない点は少なくないはずである。そのいくつかについて思いつくままに挙げてみるならば、「作者としての全体像の把握」、「個々の句集についての評価」、「所謂『海程調』の不毛に陥らなかった理由」、「評論の内実」、「無季作品による成果」、「ひらがな表記による効果」、「リフレインなどによる音楽性」等ということになる。今後この作者の遺した句業についてじっくりと向かい合ってみたいと思う。心よりご冥福をお祈りしたい。
掲句は『春日朝歌』(1976)所収。
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2009-03-08
〔阿部完市の一句〕冨田拓也
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