2009-04-05

『俳句』2009年4月号を読む  五十嵐秀彦

〔俳誌を読む〕
『俳句』2009年4月号を読む

五十嵐秀彦


今月の『俳句』は特集のテーマにやや問題があったせいか、全体に調子の上がらない内容だった。
特集以外の記事や作品に触れようかとも考えたが、それも逃げているようで癪に障るから、今回の特集「俳句の挨拶性を見直す」について少々感想を述べておこうと思う。

大特集「俳句の挨拶性を見直す」  p60-

俳人の分類好きにはときどき困惑させられる。
やれ人事句だ、これは追悼句だ、贈答句だ挨拶句だと、いちいちインデックス付のファイルに入れたがるのはどうしたわけか。
挨拶性、挨拶句などといって特集を組んでも、それは「俳句の俳句性」と言っているのにも等しいのではなかろうか。
それは今回の論考なりエッセイなりを読むと、取り上げ方はさまざまでも挨拶性に関する捉え方にほとんど違いが見つけられないことからもわかる。

特集記事の中から、いくつか拾い出してみよう。

挨拶は先ず人と人の関係において親愛の情をもって交わされる。しかし、広い意味では自然や土地の風物、名所旧跡に対する呼び掛けもまた挨拶である。》井上弘美「呼び掛けるたましひ」p60

自然の季節の移ろいや自然の一員としての人の営みに対して挨拶し対話する、そういう作句姿勢こそが「花鳥諷詠」の本質なのだ。そうした挨拶を後年虚子は「存問」という言葉で表現し、さらに存問の対象と己が同化することによって俳句は「極楽の文学」に昇華すると表明した》山内繭彦「虚子の挨拶句と花鳥諷詠」p64

本来的には挨拶とは、自意識的な我と無意識的な我への存問をくり返しているのだ》岩淵喜代子「我への問いかけ」p82

「挨拶」の対象は人間になろうが、動植物の他にも風土、さらには風や星という無機質な物に対しても挨拶の言葉を掛けることがある。これらの場合はこちらからの挨拶の呼び掛けに対し何らかの返答を期待するというものではなく、たとえば、命を輝かしているものへの励まし、逆にその健気な姿を眺めることで得られる癒しという意味合いから一方通行の「挨拶」としての言葉が用意される》野中亮介「人を越えて」p87

死者生者、万霊ともの言い交わすために俳句を詠み続けたい》甲斐由起子「真心を込めて」p88

魂のリレー。そして、それを繋ぐ俳句という小さな器。/そして、俳句の挨拶性とはまさにこのような魂のリレーのことではないのだろうか》小野裕三「魂のリレー」p89

つまり、「挨拶」という言葉の狭義の意味で語る人はほとんどいないのである。
そして、これらの意見は、つまり俳句は詩でありウタであるとを言っていることに全て帰結している。
存問、相聞の無い俳句(だけではなくウタそのもの)はひとつとしてないのだ。

だから私には今回の特集には、これをテーマにされても、「俳句は俳句だ」という意見しか出てこないし、このことで掘り下げられるものというのはあまりないのではないかと思った。
そのことを確認した意味はあるのかもしれないが。

ただ、だからと言って今回の企画での書き手が凡庸な文章を書いたとは思わない。
企画の凡庸さの中で皆さん苦労して読むに値するものを書いたのではなかろうか。
特に、「澤」の相子智恵の「こんな句ができました。どうです?」(p68-)には感心させられた。

普段の自分の体験から書くはずの随筆さえ本当のことを書けない。万太郎はそのようにしか生きられなかった。こんなにも死を先取りして格好付けて生きたのでは、七十三年間もの「生の時間」があまりに虚しすぎる。だから彼には俳句が必要で、終生手放せなかったのだろう。俳句だけが万太郎の「生の側」を支えた、ただ一つの文芸だったからだ。それも彼の性格上、念入りに「余技」と宣言せねば安心して自己を表出できないほどに悲しい「生の居場所」だ。》相子智恵「こんな句ができました。どうです?」p69

この論考は、与えられたテーマを乗り越えて優れた万太郎小論となっている。
そして最後を締めくくる次の言葉に昭和五十一年生まれの筆者の若々しい前向きさがあり頼もしく感じた。

万太郎のように「こんな句ができました。どうです?」と友に問い、友に問われたら答えたい。新しい俳句の未来が生まれるとしたら、それは自立した者同士の問答のエネルギーが波及する、そんな瞬間からではないか》p71

このほかにも、山本健吉の「挨拶と滑稽」について論じた木内徹「会得の微笑」(p72-)にも注目したことを記しておく。


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