2009-06-14

水夫清 靴なしの淑女 第3回

靴なしの淑女 第3回

水夫 清


●3日目


カーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。今日も快晴のようだ。昨晩はホテルに戻ってから一日の収穫を確認しようと、清田は撮影した画像のチェックをした。撮影したその場その場では一応確認はしていたが、カメラ内蔵の液晶画面は小さ過ぎて、露出が適正かどうかなど細かいことが分かりにくい。清田は外付けの大きめの液晶画面をカメラに繋いで一枚ずつ見ていった。
ハリウッドで男性に白いウインドブレーカを着てもらったが、光のあたった部分が少し飛んでいるように見えた。露出オーバーか。オーバーぎみでも補正で検出できるデータが残っていればなんとかなるが、さあ、どうだろう。ウエアーの折り目や材質感などのディテイルがきちんと出ないと、ファッション写真にならない。フイルムカメラの時代はそう面倒でもなかった露出の調整が、デジタルカメラになって煩雑になった。露出の設定にもう少し気を使わなければと記憶に留めた。
不動産屋の女性を黒塗りベンツの側で撮ったときも白いウインドブレーカだった。その写真も確認したが、逆光で撮っていたので細部がきちんと写し撮られていた。ビールを飲みながらそのように確認していったが、UCLAでの写真を数枚見た時点で眠気がどっと押し寄せて来た。もうだめだ、と諦めてベッドに入ったのだった。

今朝は、よほど疲れていたのか、七時に目覚ましが鳴るまで熟睡した。夢も残っていない。軽い疲労感があるだけだ。清田は、横たわったまま白い天井をしばらく睨んだ。撮影が堪える年齢になってきたかな、とちょっと弱気になりだしたので、よし!と声を出して起き上がった。
まず熱いシャワーを浴びた。その後、備え付けのポットで湯を湧かし、インスタントのコーヒーを、タバコをゆっくり味わいながら二杯飲んだ。それから、昨晩は途中で終わっていた画像確認を再開し、小一時間後に終わらせた。大方は満足のいく画像だったので、清田はホッとした。画像データはすべてカメラからポータブルのハード・ディスクに移して保存した。

さっさと身支度を整えてホテルを出た。今日も雲一つない晴天だ。風も治まった。ついてるぞ、やる気が湧いてくるのが分かった。清田はダウンタウンを一回りし、フリーウェーに乗る前にその辺のファーストフードの店で朝食を摂った。モーニング・スペシャルを食べながら、今日はまずあのビーチに行ってみよう、その後はダウンタウンに戻ってバスケットや野球のスタジアムをあたってみようと計画を立てた。

レンターカーをフリーウェーに乗り入れ、サンタモニカ・ビーチまで一気に走った。と書けばいかにもさっそうとしているが、実は途中でかっこうの悪いことがあった。パトカーに捕まったのだ。フリーウェーを走り始めて、しばらくすると空の青さが目にしみてきた。町の靄は昨日の風で吹き飛ばされ、澄んだ空気を通して、遠くの山並みがよく見えた。気分爽快。その気分がアクセルまで伝わったのだろう、LAPDと大きく書かれたロス市警のパトカーを、うっかりと追い越してしまったのだ。あっという間のことだった。
しまった! パトカーは屋根上の派手なシグナルを点灯させながら清田の車を追い越し、その前に停まった。がっしりした体格の黒人警官が獲物を押さえたライオンのように悠々と清田の車に近づいてきた。清田は神妙な顔をして警官を見つめながら窓ガラスを下ろした。
「免許書を見せなさい」
清田はぎこちないしぐさで胸ポケットから国際免許証を取り出し、警官に渡した。二つ折りの免許書をぞんざいなしぐさで扱いながら警官は尋ねた。
「観光客ですか?」
清田は面倒をさけて頷いた。
「制限速度を知ってますね。十六マイルオーバーしていましたよ」
清田は混乱気味の頭を無理に働かせて計算し、そうか約二十五キロオーバーか、と納得した。
「この天気でしょ、気分爽快でついつい…」と清田は言い訳を言った。
「確かに今日は格別の天気だ。気分爽快なのは分かる。今走っているみんなも同じだろうね。でもね、あなたの気分爽快運転が事故に繋がったら、みんなの気分が台無しになる。わかるね」

反論のしようがない。イエスと答えてからは、清田は四の五の言わないで、とにかく「ソーリー」を連発した。チケットを切られるだろう、そうなれば罰金の支払い、それに要する時間、なにかと面倒だな、と清田の気分は厚い雲に覆われ始めた。その時だ。別の車が急ブレーキをかけてパトカーの前に停まった。警官は清田から目を離し、その車から大急ぎで出て来た黒人男性を見つめた。その男が駆け寄ってきたので警官は歩み寄った。清田はフロントガラス越しに二人の様子を伺った。男はとても慌てているようで、それは大げさなジェスチャーと口の動きで察することができた。警官は熱心に対応している。警官と男は車のところまで駈けていき、警官が車の中を覗いた。いったいどうしたんだろう。間もなく、警官が清田のところに戻ってきた。
「赤ちゃんが生まれそうだ。あいつのかみさんが苦しんでいる。パトカーで先導してくれ、と言っているから俺は行く。あんたにとってはラッキー・ブレイク(幸運な展開)になったな」
そう言って警官はパトカーに急いで乗り込みタイヤを軋まして発進していった。妊婦を乗せた車がそのあとに従った。

フーッ、清田は大きく安堵のため息をついた。運良く罰金を免れた。清田は車をすぐに出した。こんなところに留まっていては、また警官のやっかいになるかもしれないと考えたのだ。走り始めると壮快な気分が少しずつ戻ってきた。今日はラッキー・ブレイク、いやデーに違いない。
確かにラッキーだった。撮影対象に労無く恵まれたのだ。サンタモニカ・ビーチについて昨日の駐車場あたりに車を留めた時、若いカップルが犬を散歩させながら清田の方に歩いて来ていた。清田は急いでカメラとウエアーを用意し、そのカップルの快い承諾を得て撮影した。
それが終わるのを待っていたかのように女性がジョギングしながら近づいてきた。彼女もOKだった。公衆トイレがすぐ近くにあったので、そこで着替えてもらった。しかし流れ出る汗でTシャツの首周りがすでに濡れている。それも一興か、と考えそのまま撮影した。

その後、遊歩道をしばらく歩くと男性が一人海を眺めていた。近づくとジェームス・ディーンばりの、どこか寂しげな若者だった。昨晩の夕日と男たちの撮影が頭を過ぎったが、声をかけてみた。伏せ目がちなところや顔立ちがディーンによく似ている。清田がそう感想を述べると白い歯を見せてディーンくんが笑った。笑顔に多少はにかみがあっていい。撮影もOKしてくれた。遊歩道の柵に凭れた姿勢などアングルを変えて数カット撮影し、ついでに背中からのカットも加えた。
「どうもありがとう。その赤のウインドブレーカーは進呈するよ」
若者は白い歯を見せて清田に握手を求めた。華奢に見えたが力の入った握手だった。しぐさになんとなく折り目の正しさが感じられた。
「一ヶ月前にイランから帰ってきたんですよ。ここの潮風に吹かれると戦場での嫌な思い出が吹っ飛んでいく」
「そう、兵隊さんだったんだ。米軍の駐屯が長引いているようだね」
「長くなっても一向にあの国は落ち着かない。我々のことを嫌う連中もあとをたたないしね。治安維持という命令をうけ、それがあの国の人々のためになると思って僕たちは居るのに、ヤンキー・ゴー・ホームと叫ばれちゃ、立つ瀬がないよ、まったく。母からは早く帰ってこいと言われるし、戦場に行く者も送り出す方もお国のためという意識は薄れたね。無事に帰国できたのはラッキーだけど、仕事がなかなか見つからないんだ。従軍したからといって仕事の面で有利なことはないんですよ。ベトナム戦争の二の舞になりそうだ。あの時だって、帰国した兵隊にみんなは冷たかったそうだ」

 "Yankee come home soon",
 so implores
 a solder's mom

 『ヤンキー早く帰っておいでよと兵士の母』

兵役に服すこと、戦場に身をおくこと、清田にとってはバーチャルな世界だ。ベトナム戦争後のことや中東情勢にも疎い。返答のしかたに困ったので海に目をやった。昨日、影が薄いという話題になった時も自分の意見がまとまらなかった。その時と似たような状況だと思った。世界の流れから外れたところに自分の生活圏があるようだ。同じ日差しを受けているのにディーンくんの影に比べて自分の影のほうが薄いように感じられた。しばらく清田たちは無言で海を眺めた。
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、専門学校にでもいくつもりです。除隊した者には学費の援助がありますから」
「モデルはどう? けっこういい感じだよ」
ディーンくんは、はにかんだ笑顔を清田に向けただけで返答はしなかった。かわりに、それじゃ、と短く言って去っていった。その後ろ姿を清田は一枚写した。

清田は車を移動して、撮影場所を遊園地のあたりに移した。しかし観光客が多く、適当な地元の人がいない。スパイダーマンがいたハリウッドの路上と同じだ。さりげなく、というカットは撮りにくいと判断した。遊園地は桟橋の途中にあった。その桟橋の先端に向って歩いた。鴎が至る所にいる。観光客が食べ残したものをあさりにきているのかもしれない。人の気配にも慣れているようで、一メートルほどの距離からカメラを向けた一羽は、緑色の鉄柵をしっかり掴んだままじっと水平線を見つめている。清田は数枚写したあと、レンズをズームして鴎の目に焦点を当てた。アップで見るとけっこう鋭い目つきをしている。清田の頭には、今別れてきた兵隊上がりの若者のこと、それから空港での検問のことが重なって甦っていた。

 Even seagulls
 assume eagle-like stare--
 water's edge of this land

 『鴎さえ鷲の目で見つめるこの地の水際』
 
清田は桟橋の端まで歩いていった。太平洋だ。水平線が余り長いので地球の丸みが感じられるようだった。澄み渡った青空、島影や船影など一切ない海、自然だけの世界が目の前に広がっている。清田は、その光景を鴎に倣って見つめた。

出兵と厳しい検問、それらはそもそも9.11から始まったことだ。あのテロ事件が起こった時、という話題になると自分はこうだった、ここにいた、あれをしていた、という人が大勢いる。清田はその話になるといつも赤面せずにはおれない。あの世界貿易ビル破壊のニュースが夜のニュースで突然流れたとき、清田は泥酔し眠りこけていたのだった。それも公園のベンチで。そんな情けない姿で寝ることに至った原因は一つではない。今にして思えば、大小の鬱々とした思いが積もり重なったためだ。それがある時些細なことで、堰を切ったように溢れ出す。流れ出してあの時は泥酔になったのだ。

広告写真の仕事が減って、事務所の規模を縮小したこと。それに伴って清田が負担する仕事が増えたこと。今回だって、昔なら助手を連れての仕事だ。バブルのころに比べると予算は押さえられ、余裕のない撮影をしいられる。不幸中の幸いはカメラがデジタルに代わったことだ。フィルム代を気にしなくていいようになった。それが現在もかろうじて残っている余裕で、清田は『変なモノ』を撮ってみようという気になっていたのだ。そんなことでもなければ、写真を撮っていてもなんの楽しみもない。食うためだけの写真ではあまりにも味気ない。清田という人間にとっては、写真で遊ぶ、という楽しみがないとやっていけないのだ。

しかしだ。仕事が減った分、写真で遊べる時間が増えたが、比例して妻の小言が増えた。そう、いままで登場しなかったが、清田には妻がいる。二十年以上連れ添った伴侶だ。その妻が、稼ぎが減ったのに、何を遊んでいるのよ、とこぼすようになった。子供の教育費はどうするのよ、とさらに追い討ちをかける。清田には来年大学受験を控えた息子が一人いるのだ。家計の現状は百も承知だ。でも、と清田は反論する。まあ、しかし、その水掛け論の内容までは明かさないでおこう。世間でもよくある話だ。夫婦喧嘩は犬も食わないというから、これぐらいで止めておこう。要するにこのように鬱積する事柄が清田の心に在ったということだ。
あの日は、夕食の席で始まった妻の小言がきっかけだった。愚痴の内容が特に酷かったわけではない。いつもなら右の耳から左へと流れ過ぎていく程度の愚痴だったが、どういう訳かあの日、清田は切れたのだ。食事をほったらかして家を出た。そして、気が付いたら公園のベンチで寝ていたということだった。その間にあの世界中を震撼させた事件が起こっていたのだ。

今思えば、清田個人に起こったことと、あの大事件には似たところがある。規模ではもちろん比べようもないが、事が起こった原因に何か似通った部分があると感じられたのだ。つまり、事の背景には積もり重なったものがある、ということだ。三千人以上の人命が失われた事件、清田が公園で惨めな姿でさらしていたこと、それらの背景には鬱積したものがあったという点において似ている、と思ったのだった。大事に至る前に打つべき手だては、その鬱積を払うことだとは容易に分かる。が、どういう手だてを打てばいいのか。あの大事件の場合は複雑に絡み合った長年の確執があり、今までにいろいろな手だては打たれてきたことだろう。それがうまく機能しなかったのだ。手だてが片手おちだったということなのではないか。
清田の場合はどうか。仕事をもらうために普段にも増して頭を何回も下げた。妻の愚痴にも反論を控えるようにも努めたし、彼女の気持ちを逆撫でしないように『遊ぶ』ことも控えめにもした。しかし、切れたということはやはり片手おちだったのだ。
払うためには両手が揃わなくてはならない。それは具体的にはどんなことなのだろう。落ちてしまった片手とは何を意味するのだろう。それはまだ分からないが、模索は続けている。模索するには、こうやって自省する姿勢自体がまずはよいスタートなのだろう。怒りや不満を周囲に投げつけているだけでは一向に状況は好転しない。それぐらいのことは分かる歳だ、と清田は思った。

そう思いながら、腹が減ったな、とも思った。時計を見るともう一時を回っていた。潮風に長く当たっていたので体が少し冷えてしまった。朝食がファースト・フードだったので、ランチはきちんとしたものを食べよう。清田は桟橋の近くで適当なレストランを探した。
桟橋を戻りきって、オーシャン・アベニューを渡るとすぐにショッピング・モールがあった。モールの中はほとんどがアパレル関係の店だ。モールの中心部近くに和食の店を見つけた。無意識にその方に足が向いたが、何かガンと来るようなものが食べたい、和食もいいがちょっと物足らないような気がしてその店は通り過ぎた。行く手に韓国風バーベキューの店を見つけた。そうだ、顔から汗が吹き出るような辛いものがほしかったのだと清田は気づいて、その店に入った。

店内は、昼食のピークは終わっているだろうにまだ賑わっていた。あちこちで焼き肉の煙が上がり、人声で溢れていた。客の群れの中に奥の方で手を振る男性がいる。なんと川形だった。こっちへ来いと手招きしている。清田も手を上げて応え、川形のテーブルに歩み寄った。川形の向いには白人の若い女性が座っていた。ここに、と川形は指差して自分の隣の席に清田を座らせ、どうも、どうもとお互いに挨拶を交わした。
「この人は、ジャネットさん。私のマネージャーをしてくれています」
三十代の半ばだろうか、赤毛をボーイッシュに刈り上げた美人だ。切れ長な目が涼しくて、小さめの鼻や薄い唇が知的な印象を与えていた。白い歯を僅かに見せて微笑み、清田に握手の手を出した。軽く握手を交わしながら清田は英語で自分の名を言った。
「私、日本語はできますよ。清田さん」
「ハッハハ、そうなんですよ。私は二十年もここに住んでいるのに、英語の方はさっぱりでね。バイリンガルのジャネットを雇って、交渉ごとはみんな任せているんですよ」
清田は遠慮なく日本語が使えると分かって安堵した。清田は若いころに短期の留学経験があるから英語が苦手というわけではないが、飯の間ぐらいは気を使わずいたい。それに仕事中の貴重な休憩時間でもある。

これ、一杯あるからいっしょに食べましょう、と川形はジュウジュウおいしそうに焼けている牛肉を指して言った。確かに一杯あった。肉も多いが、突き出しの小皿がテーブルを隠すぐらい並んでいた。もちろんキムチもある。清田は礼を言って仲間に加わった。
「サンディエゴから戻っておられたんですね」
「ええ、先ほど。この近くに事務所兼アトリエがあるんです。清田さんはこの辺で撮影でしたか?」
そうです、と清田は答えて、午後からの予定を話した。
「野球場はどうですかね。まだシーズンオフで誰もいませんよ。管理人以外は」
「そりゃ、そうですね。日本でもまだシーズンは始まっていない」
「でもね、バスケットは、確か今晩試合がありましたよ。チケットはもうないだろうが、場外には大勢人が集まるから、そちらに行かれたらいいでしょう」
清田はバスケット場の前だけは今朝通っていたので、建物と場外の様子をちょっと想像してみた。絵になりそうだ。
「なるほど、やはり地元情報は大事ですね。そうしてみます」

ジャネットは二人の会話には加わらずせっせと箸を動かしている。痩せの大食いか。清田の目は自然にその箸を動きを追った。その視線に気が付いたのかジャネットは清田を見て微笑んだ。
「お腹がペコペコだったんです。今朝は忙しくて朝食抜きでしたから」
そうなんですよ、と川形がフォローした。
「普段は十時の出勤ですが、今日は七時から事務所に出てもらいました。ニューヨークの画廊と支払いのことで揉めてましてね。東海岸の時間に合わせて動いてもらったんです。その埋め合わせとして、このしっかりとした昼食に誘ったんですよ」
そう言いながら川形はジャネットにウインクを送って、続けた。
「ダウンタウンのオフィス街でも朝は早いですよ。七時前にはもうデスクに着いている連中ばかりだ。フリーウェーでは、午後二時過ぎに帰りのラッシュが始まるぐらいです」
清田はフリーウェーの十車線が車に埋め尽くされる様を想像してみた。日本の渋滞の比ではないだろう。町が拡大し人口が増加しているのに、車以外に便利な交通手段が十分にないのが現状だ。地下鉄の工事がなかなか進まないと新聞に書いてあった。

 Ten-traffic-lane belts
 almost being torn off,
 over-weighted city

 『十車線のベルト千切れそう肥満の町』

辛いタレをたっぷりつけて食べたので清田の顔から汗が吹き出してきた。食事が終わりかけたころ、川形が清田に言った。
「午後の予定に余裕ができたようですから、私の仕事場に寄っていきませんか。ジャネットがおいしいコーヒーを入れてくれます。どうです?」
清田は仕事場が好きだ。特にモノを造る職業では、その仕事場はそれぞれの個性があっておもしろいものだ。画家、いや、自称クリエーターだと言う川形の仕事場にはもちろん興味がある。
「機会があれば、お訪ねしたいと思っていました。喜んで参ります」
 
支払いを済ませた川形は入口のドアを開き、ジャネットを先に通した。レディーファーストのマナーが板についている。ジャネットを先にして、清田と川形はオーシャン・アベニューを並んで歩いた。清田は、再度ごちそうになったお礼を言った。ほどよい風が海から届いて汗をかいた顔に気持ちがいい。川形は、なんのなんの、と手振りも加えながら言って、さらに続けた。
「歩いて十分ぐらいです。海が見えていい所ですよ。このあたりにはハリウッドの俳優や芸能人で事務所を構えている人がけっこういます。そんな連中で、絵に興味のある者が時々、私の仕事ぶりを覗きにきますよ。羽振りのいい連中ですから、私はうまい事言って絵を売りつけちゃうんです。ハッハ」
「冗談ばっかり。清田さん、真面目に聞かないでくださいね」
ジャネットが振り向いて笑顔で言った。

進行方向に植物の茂みが見えて来た。この通りには五、六階建のアパートが林立しているので、その部分は目立った。ジャネットがその茂みの中に入った。清田たちも続いた。緑に抱きかかえられたような土壁の平屋を指して川形が言った。
「ここが私の仕事場です」
南カルフォルニアでよく見かけるアドベ風だ。少し赤みを帯びた土壁と緑との対比が美しい。肉厚の壁に丸みがあって、川形の体型と共通するところがある。一見おおらかな形態だが、注意してみるとドアや窓枠などは鋼鉄の頑丈なものが据えられてある。セキュリティーを考えてのことなのだろう。入口を入るとまず正面の大きな絵が目に飛び込んできた。白壁と光沢のある白いフロアー、その白い空間に絵の色彩が栄える。鮮やかな色彩で描かれた花や植物、それに蝶やトンボなども見える。これが川形の絵か。これは売れるだろうな、と清田は見た瞬間思った。色がきれいなだけでなく、全体にゆったりとした雰囲気が漂っているのだ。安楽椅子に腰掛けているような気分になる。芸術として味わってもいいし、インテリアの一部として楽しんでもいい。そんな気楽な作品だ。

その絵を挟んで、左側にジャネットのワークスペースがある。デスクの側に葉の大振りな観葉植物がおいてあるので、事務所的な印象が薄い。ジャネットはデスクにバックを置いて廊下の奥に消えた。おそらく奥にはキッチンがあって、おいしいコーヒーとやらを入れてくれるのだろう。
絵の右側は応接間だ。パステルカラーの応接セットが目を引く。五つあるソファの色がそれぞれ違うので、一見、白い空間のキャンバスに色とりどりの積み木が集まっているように見える。それでも色が淡いので正面の絵と喧嘩することはない。あくまで絵を引き立てるためのインテリアだ。

「アトリエはこの奥です」
そう言って川形は先ほどジャネットが消えた廊下に向った。清田はその後に従った。廊下は比較的長く、左右に小部屋が幾つかあった。その内の一つがキッチンで、ジャネットが通り過ぎる清田に笑みを送った。廊下の突き当たりにドアがあり、そこを入ると天井の高い大きな空間が現れた。
「ここがアトリエです。後からの継ぎ足しですから、造りが今通ってきた部分と違うでしょう」
確かに造りは簡易で、インテリアといえるような飾りもない。しかし、そこで目にする物からは活動的な仕事場の雰囲気が立ち上っていた。一つの壁には大きなキャンバスが数枚立てかけてある。反対側の壁にも横長のキャンバスが二枚ある。どれも製作中の作品だ。作品のサイズが大きいのでイーゼルでは役に立たないのだろう。一枚のキャンバスの近くにはキャスターの付いたテーブル、その上に無数の絵具のチューブ、大小ジャー、さらに絵筆が処狭しと置いてある。
「同時進行で数枚描く癖があるのでね。あのテーブルを引っぱり廻しているんです。屋台のおっさんみたいにね」
壁も床も絵具が飛び散りシミだらけになっていた。そんな空間の一角に目を引くものがあった。虹色に輝く立方体だ。一辺が二メートルほどもあるだろうか。光の偏光を利用した最近の作品だと川形は説明した。
「仕事してるって、感じですね」
 しばらく無言のままだった清田は、やっと感想をまとめて、そう言った。
「そう言っていただくのが、一番の褒め言葉です。うれしいですね。米国ではね、でっかい作品を描いて、いかにも仕事したっていう感じを出さないと評価されないんですよ」
「フェルメールのように小さい作品でも、その克明さから仕事したっていう感じは受けますよ」
「確かに、そうですが、やはりサイズがでかい方が仕事量を示し易い。とにかく分かり易いのがいいんですよ、この国では。多少大味になっても大きいほうがいい」
清田はかって一斉を風靡した大型のアメ車を思い描いた。時代の移り変わりでその後コンパクトカーが主流になったが、最近は再び大型化の傾向だ。

 U.S.A.
 too big, too much
 of everything for one

 『U.S.A.すべて大き過ぎ多過ぎ一人分』

ジャネットがアトリエのドアから顔を出して、こちらにコーヒーをお持ちしましょうか、と尋ねた。いや、応接間でと返事して、川形は清田を入口の応接間に案内した。

ジャネットの入れてくれたコーヒーは、大きなマグになみなみと注がれたものだった。紅茶のような色だったが、入れたてだけに味はよかった。応接間の窓は南側にあって、そこから庭の茂みを透過した薄い緑の光がさしていた。
「川形さんは、昔からこのような絵を描いていたんですか」
清田は正面の絵を示して尋ねた。
「いいえ、日本にいたころは暗い絵でしたよ。辛気くさい絵です。あんな絵はここでは流行らない、したがって売れない。ここに来た当時は日本から十数点持って来ていたんです。でもね、この南カルフォルニアの光の中で見直すと、汚いんですよ。ほこりをかぶったみたいにすすけて見えた。色使いが鮮やかに変わるのに時間はかかりませんでしたね」
「お言葉ですが、微妙な色使いも味のあるものですよ。日本の著名な画家で泥のような絵を描く人が居ます。全体が泥のように無彩色なんですが、画面のあちこちに鮮やかな色が小さな顔を出していて、その対比がけっこう奇麗です」
「おっしゃることはよく分かります。確かに日本やフランスではそういう色使いが馴染みますね。でもここには向かない。どんな絵が受け入れられるのか、それは地域の気候や人の気質が関係しているんじゃないでしょうかね」
「そうとも言い切れないような気がします。例えば私は日本で暮らしていますが、その私にとっては川形さんの絵の方が馴染み易い。映画でもフランスものよりハリウッド製が好みです」
「ハリウッドの映画は私も大好きですよ。シリアスなテーマでもどこかエンターテインメント性が含まれている。単純に娯楽として楽しむことが出来るし、深読みしたい人には、その材料が用意されていますからね。私の作品も同じようなものです」

「なるほど、それで合点がいきました。川形さんの絵を見たとき、ふっと感じたことがあったのです。色がきれいで、細部まで克明に描き込んでありますね。普通に絵を楽しみたい人にはそれで十分満足でしょう。私が見たものはそれだけではない。つい立ち止まって思索に耽ってみたくなる要素が感じられました。失礼な言い方になるかもしれませんが、川形さんの絵は限りなくイラストレーションに近いのですが、ぎりぎりのところで芸術に踏みとどまっている、そんな感じがします」
「まったくその通りです。そのスタンスに立つので、より多くの人が私の作品を求めてくれるのです。私としては、美術館に飾ってもらえる作品だけを創るというよりはむしろ、普通の人々が自宅の居間に飾りたくなるような作品を目指しているのです。この違いを清田さんはイラストと芸術に分けておっしゃったと思いますが、イラストと芸術の境界線をどこに置くのか、これは難しい議論になりますね。様々な意見がありますよ。私が思うにこのテーマが難しいのは、それが議論だからだと思います。描いている本人には、実はそう難しいことではない。描いている内に視覚的に語るのはここまでにしておこう、これ以上は語り過ぎ、という判断ができるのですよ。語りきっていないから見る人に想像力を働かせる余地ができるのです。イラストは語りきったもの、芸術は語りきらないもの、という分け方ができるかもしれませんね。両極端を考えると分かり易い。例えばこのステレオの取扱書にあるような機械の図がイラストの極端。これは語りきっていないと値打ちがない。変な想像力を働かして扱うと機械が動かないからね」

そう言いながら川形がちらっと示したところにはおしゃれな音響装置があった。トーテムポールのようなほっそりとしたスピーカーが両サイドにある。
「アートの方の極端はどんな作品を選ぶかは個人差がありますね。『モナリザ』を選ぶ人もあれば、抽象画や現代アートのインスタレーションとかね。いずれにしても、これらの両極端の間に膨大なグレーゾンがあるので、線が引きにくい、というわけだ」
「イラストに留めるのか、アートまで進めるのか、そういう判断ができるのがプロのアーティストだ、と言えるのでしょうかね」
「それがそうとも言い切れない。たとえば子供の絵でも随分想像力をかき立てられるものがあります。その絵を描いた子供が無意識の内にそういう判断をしているんでしょうね。プロだと言われている大人でも売ることに捕われ過ぎると客へのサービス過剰で語り尽くしてしまう場合があります。実は私にも経験のあることなんですよ」
「過剰サービスですか?」
「そう、一時、私の作品が飛ぶように売れた時期がありましてね。その評判を聞きつけて大手の娯楽産業がそこの商品を入れた作品のシリーズを作ってくれと依頼してきました。私は頼まれると断れない質なので引き受けたのですが、今考えるとあのシリーズは失敗でした。相手の喜ぶように描いたから仕事としては成功でしたが、私には後味の悪い作品になりました」
「画家の良心が痛んだ…」
「そういうセンチメンタルなことではなく、クリエーターとしての満足度の問題ですね。あの仕事は不満足だった。一度見たら、もういいという感じですね。隅々まで明るく照らし出されたようなものです」
「光の当たっていない部分、ちょっと薄暗くて何だろう、と思うような部分、そういう語らない部分を味わうことのできる人は以外に少ないですよ」
「すくなくともあの娯楽産業の連中にはできない。でもね、私はそういう連中を卑下しているのではないのです。味わうのもよし、そこまで味わえなくてもよし、というスタンスです。味わい方の度合いで人間の価値が決まるわけでもない。私はただ、味わえる部分を持った作品をつくりたい。そうでないと満足できないのです。味わえる素養を持ち合わせている人は多くないけれど、必ずいるのだからそういう人には十分味わってもらいたい、と思っているのです」

「語り過ぎないコーヒーのお代わりはいかがですか?」
ジャネットがポットを持って現れたので、清田はうまいこと言いますね、と言ってマグを差し出した。味わえる素養を持った人はここにもいる、と川形がジャネットを見ていったので彼女は微笑んだ。
「ジャネットはね、週二回ここの大学で美術史を教えているんですよ」
そう言う川形から目をジャネットに移して清田は尋ねた。
「UCLAですか?」
ジャネットは頷いてから、東洋の美術史です、と答えた。清田は、雅楽の婦人のことを思い出した。自分に馴染みのない話題で困った事を思い出したのだ。東洋の美術史も同様だ。やばい、と感じてそれ以上は質問しなかった。川形の次の言葉が助け舟にもなった。
「それはそうと、清田さんの撮影の具合はいかがですか」
「お天気同様、実に順調です。行く先々で狙い通りの撮影が出来ました。もっとも広告用のファッション写真ですから、語りきったものばかりです」
「次は、いよいよ語りきらない写真の撮影ですね。『変なモノ』の写真というのはそういう写真のことでしょう?」
「そういうことだと思います。自分でも説明できないが、何か変、何か気になる、そういう写真が撮れたらと思います」

実は、写真ではないが言葉で書き留めたものはいくつかあります、と言って清田はここ数日のメモを川形に見せた。川形はメモを手にとり、ゆっくりとページを繰っていった。時にニヤッとしたり、真剣な目つきになったりした。清田にすればたわいもない言葉だと思っているものを、川形はじっくり味わっているようだった。読み終わったメモを清田に返して川形はぽつんといった。
「兆し」
「兆し…?」
「そう、清田さんのメモった言葉は、兆しを捕えている。ロスという町だけでなく、この国の姿が少しずつ変貌している。どんな姿に変わるのか分からないが、その変貌のいろいろな兆しを清田さんの言葉が捕えている。それぞれの言葉にどんな意味があるのか、語りきっていないのがいいですね。読む者にいろいろ考えさせるところがいい」
「なるほど、自分では意識しませんでしたが、兆しを感じとっていた、ということか…」
「変化は突然現れることはありません。小さな変化が積もり重なって、ある時みんなが実感できる姿となって現れるのです。小さな変化は小さいものですから、気づく人もいれば気づかない人もいる。清田さんはこの地では第三者という立場だ。それと写真家の目が重なってこれらの兆しを捕えたのではないでしょうかね」
それと、と言って川形は続けた。
「それと、清田さん自身にも似たような変化が起こっているからかもしれません」
清田は怪訝な顔つきで川形を見た。
「つまり、清田さんが目に留める光景は、清田さんの心の中にあるものと共鳴しているということです」
「今一つ、おっしゃる事がよく飲み込めませんが」
「私たちは目でものを見るといいますが、実際は心で見ている。目は、対象と心との途中にある見るための道具です。ある光景が目に入って、その映像が残るのか捨てられるのか、それを決めているのは心です。映像が残ったのなら、なぜ心が残そうと判断したのか。心というものはいろんなことを考えます。それらをたとえば形にしたらどんな姿になるのか、それは心も分からない。でもある時、ある光景を見て、そうだ、この心にはこの光景がぴったりだ、と感じることがあります。心と光景が共鳴したということです。だから心がその光景を映像として残そうと判断した。清田さんの場合はその映像をさらに言葉に変えて残した。それがそのメモの言葉ですよ。どうやら清田さんの心を強く捕えるようなことが何かあるようですね。それとそのメモの言葉で切り取られた光景は共鳴していますよ」
川形の話を聞きながら、清田は泥酔の一件を思い出していた。清田の心を強く捕えているのは、あの一件にいたるさまざまな鬱積だ。それとこのロスで見かけた異国の光景が共鳴したということか。不思議だ。

電話の呼び鈴が聞こえた。ジャネットが何やら英語で対応している。電話を終えてジャネットはデスクから立ち上がり、郵便局に行ってきます、と川形に声をかけた。それから封筒の束を抱えて部屋を出ていった。その後ろ姿を目で追いながら川形は言った。
「変化の兆しといいましたが、変化には大雑把に言って、楽しみな変化と、出来れば避けたいような変化がありますね。清田さんが捕らえた兆しは、後者の方の兆しのような気がします。小さな不安と言えますかね。そういうネガティブな方向への兆しを私も共感できた。つまり私の心も共鳴したということは、私の心にも何か似たものがあるのでしょうね」

その言葉を聞いて清田は自分の心にあるものを打ち明けてみようと思った。そして仕事のこと、家庭のことなどを手短かに話した。とは言え、昨日今日知り合った人だ。不快感を与えては申し訳が無い。そう判断して、愚痴にならないように感情を出来るだけ押さえて話した。さらに、そういう鬱積がある中、『遊び』で撮っている写真がささやかな潤いになっているのに、それもままならないことも話した。川形は静かに聞いていて、しばらく自分の両手を見つめていた。
「清田さんの話は、私とは多少違うようだが、似ていると言えば似ている。私の場合、仕事の面では一時多いに売れた余波が今も残っていますが、あくまで余波です。いつ消えてしまうか不安だ。加えて新しい波を作れないでいる。それが現状です。それから、実は私はバツ三なんです。で、今は独り身です。なぜバツ三なのかは想像にお任せするとして、気の置けない伴侶のいないまま、年老いていくことに不安を感じているのは確かです。ぼんやりとですが、人生の歯車がうまく回っていない感じがありますよ。そんな私ですから偉そうなことは言えませんが、一つだけアドバイスしていいですか」
清田は俯きかげんで川形の話を聞いていたが、ひょいと顔を上げて興味を示した。

「その、『遊び』に関してのアドバイスです。清田さんが言う『遊び』の写真はアートのことをおっしゃっていると思います。好きな表現ではないですが、芸術写真という人もいる。さきほど引き合いに出した心ですが、その心が感じているものというのは、あいまいです。もやもやとして捕らえ所がない。それを写真という見える形に定着できたら、とても気分がいい。やった!という感じになるでしょう。画家もいっしょですから私にもよく分かります。
しかし、ここに一つ問題がある。やってる本人は気分がいいのですが、でもすぐには収入に結びつかないから不満を抱く人が出て来る。清田さんの奥さんに不満が在るのは当然です、本人には遊ぶ楽しみも収入もないのですから。ブツブツ言われてもしかたがない。奥さんが清田さんの作品を味わうことが出来たらまだいいのですが、そんな理想的な伴侶はなかなか見つかりません。私の場合も同様です。でもね、そこであきらめちゃだめですよ。その遊びで生まれた作品に共感を覚える人が増えて来て、ほしい、ほしいと言い出したら、つまり、売れるようになったら状況は好転します」
「それはよく分かりますよ。私だってどれだけ売れることを望んでいるか、家族のためにも、自分のためにも。売れないで自己満足に終わっているから余計に辛いのです」
「もうひと頑張りですよ。清田さんはいい感性を持っている。それはそのメモの言葉を読めば分かりますし、現に私は清田さんの言葉に共感している。共感する人はもっといると思います。清田さんの写真を私はよく知らないが、ひょっとしたら言葉で捕えた光景がまだうまく写せていないのではないですか。清田さんの感性が写真という形に十分に成りえていない。だから写真だけ見た人は清田さんの感じたことがよく分からない」

うまく写せていない、か。手厳しいな。しかし不思議と川形の指摘に腹は立たなかった。川形のキャラクターというか、なんとなく憎めないところがあるのだ。それに指摘された点は、自分でも薄々感じていたからかもしれない。
「それで、どうでしょう、清田さんの写真にもう少しハリウッド的なお化粧を施してみたら」
「ハリウッド的お化粧…?」
「つまり、より多くの人が楽しめるようにする、しかし、深く味わえる人にはそれに値するメッセージは残す、ということです」
「化粧という言葉にちょっと抵抗がありますね。アートとしての写真一本で勝負しないと、なんだか潔くないような気がしてね」
「そこ、そこ、そこが清田さんの考えの堅いところですよ。こうあるべきだ、ということに捕われ過ぎているようです。創作に必要な栄養は自由な発想ですよ。私も潔さということにこだわった時がありましたが、苦しいだけで創作の楽しみがない。今考えると、あの時期は潔さより独りよがりの面の方が強かったと思います。失礼だが、今の清田さんも同様だと思います」

清田は、ソファに改めて深く座り直し中空を見るような姿勢をとった。独りよがりか、言いにくいことをはっきり言う人だな、この人は。米国生活が長いせいだろうか。しかし、と清田は考えた。自分はコマーシャル写真で飯を食ってきた。それはそれ。アート写真は別、というふうに切り分けて考えてきた。そうしてきた結果がどうか。鬱々とした重しが増えただけだ。コマーシャルもアートも、両方とも潰れていくような不安が募っただけだった。川形の言うことに一理ありそうだ、と清田は思った。
「たしかに化粧というのは、アリ…ですよね」
「もちろん、アリです」
「でもどう化粧したらいいのか…慣れないことをすると、おかめ・ひょっとこみたいになりそうだな」
「そうですね。厚化粧し過ぎると自分の本当に言いたいことが消えてします。それでは元も子もない。自分を引き立てる、つまり自分の言いたいことをできるだけ多くの人に、そして、押し付けにならないように受け入れてもらうための化粧、ということですね」
「これは難しそうだな。化粧慣れした人に手ほどきしてもらわないといけないようだ。川形さんは慣れておられるようですが、何か手ほどきになるようなヒントはありませんか」
「ヒントね……」
川形も中空を見上げるような姿勢をとった。
「そうだ、例えば、写真と言葉を組み合わせてみるというのはどうでしょう。お互いが補い合って分かり易い作品になるんじゃないでしょうか」
川形の提案に清田の心が少し動いた。言葉と写真を組み合わせるというのはおもしろい。なるほどそういう手があった。詩画集のようなものだな。そういう化粧ならすぐにでもできそうだ。清田は気持ちが明るくなっていくのを感じた。
「そのアドバイス、ありがたく頂戴します。言葉と写真の組み合わせで新たにトライしてみますよ。いままでに取り貯めた写真が多くあるし、言葉も沢山書き留めています。なんだか、ちょっとワクワクしてきたな」
 
玄関のドアが開いてジャネットが戻ってきた。軽く清田たちの方に会釈をしてデスクに戻り、ほっそりとした手を優雅に動かしながら書類を繰り出した。その無駄のない一連の動きを見ていて、清田は彼女が爽やかな風の中にいるように感じた。その、さりげなく仕事をしている姿が気に入った。いい感じだ。撮影を頼んでみようかと思ったが壁掛けの時計が目に入った。もう四時近くになっている。バスケット場での撮影がまだ残っていた。そっちを優先したほうがいい、と判断して川形に言った。
「そろそろ失礼して、仕事に戻ります」
「そうですね。ダウンタウンまでは距離がありますからもう出かけられたほうがいいでしょうね。それで、どうします、『変なモノ』探し? 明日ならおつきあいできますよ」
「ありがとうございます。楽しみにしています。撮影が終わってから今夜改めて連絡します」

ジャネットと川形にドアまで送くられて清田はアトリエを後にした。ダウンタウウまでは、途中の渋滞もあって予想以上に時間がかかってしまったが、撮影の方はうまく運んだ。場外には若者が溢れていたからモデルを探す苦労はまったくなかったし、試合前の華やいだ雰囲気がどのモデルの表情にも現れていていい写真が撮れた。清田は快い疲労を感じながらホテルに戻った。

部屋に戻ってまずバスタブのバルブをひねって湯をだした。満足のいく仕事ができたので、疲れた体を温かい湯船に沈めてみようと思ったのだ。バスタブにお湯が半分もたまらない内に、清田は冷蔵庫から冷えたビールを掴んで、タブに横たわった。ビールを持った手をバスタブの淵に引っかけたまま、湯の温かさと蛇口から落ちる水音を味わった。水面が清田の肩、そして顎に達したので蛇口を締めた。バスルームが静かになり、清田の体の動きで起こる僅かな水の音だけになった。
清田はおもむろにビールの栓を開け、長い一口をまず味わった。久しぶりに充実した仕事だったな、とここ数日のことを思い出しながら、さらに一口飲んだ。コマーシャルとアート、そんな違いはこういう瞬間には関係ないな、とも思った。この壮快な気分は、よく働いたからだ。たしかに仕事は減ったが、こうしてまだ働けることが理屈抜きにうれしかった。

川形の顔を思い出した。いいアドバイスをもらった。ワクワクした気分は今も続いている。川形は、小さい変化を兆しだといった。清田の心を支配しているのは不安という小さな変化だ。それが積もってだんだん大きな不安になり、気が滅入っていたのだ。でも、いま感じている気分、うれしかったりワクワクしたり、そんな気分は楽しい変化だ。それを積もらせていったら大きな楽しい変化になるはずだ。どうせ積み上げるなら不安よりもいい気分だろうな、としみじみ考えた。

少し長風呂になったので、風呂を出て部屋に戻ってからもう一缶ビールを開けた。一口飲んだところに電話が鳴った。
「ハロー、清田さん? ジャネットです。ちょっとお待ちください、川形に代わります」
「川形です。ちょっとお知らせすることが出来たので電話しました」
清田はビールを手に持ったまま、はあ、とだけ短く答えた。
「明日の予定が変わりました。今夜遅くの便でシカゴまで飛ばなければなりません」
「それは急なことですね」
「ええ、どうしても私が顔というか、手をださないといけない状況がありましてね」
「手…ですか?」
「そう、実にとんまな話なんですよ。こちらの工房から送った版画に私がサインするのを忘れていたんです。向こうの画廊では明後日からの展示会で売り出す予定にしているので、私が出向いてサインするしかない、という訳です。まぁ、そんな訳で、申し訳ないが明日はお付き合いできません。楽しみにしていたんですけどね」
「そうですか…残念ですね」
「でも、又の機会はあると思いますよ、私は何度も日本に行きますから。今度は大阪でお会いしましょう。で、その時にウロウロしましょう」
「そうですね。日本の『変なモノ』を探すのも一興でしょう。海外生活の長い川形さんの目でどんなものが見つかるか、こりゃ、楽しみだ」

清田はビールをテーブルに置いて、受話器を持ち替えた。
「それと、一つ言い忘れたことがあってね」
「また、手厳しいご指摘ですか?」
「いやいや、そうじゃありません。もう一つアドバイスがあるんです。清田さんは午後の話の中で確か、対応が片手落ち、というようなことをおっしゃっていましたね」
「落ちた片手はなんだろう、という話をしました」
「そのことで、清田さんがお帰りになってから思いついたことがあるのです。落ちた片手というのは、清田さん自身のことですよ。自分を守ろうとする心です。もう少し具体的に言うと、清田さんが価値を置いているもの、つまり『遊び』の写真、に固辞しようとする心です。例えば、ご家庭のことでいうなら、奥さんが不満を募らせている、清田さんはそれなりに仕事を得ようと努力もする、しかし反面あちこち出歩いて『遊び』の写真も撮る。そういう状態でしたね。これは確かに片手間の対応ですよ。片手を落とさず、両手で対応するということは、一つに集中するということです。必要とするところにはまず、両手で全面的に取り組む事が大切なんです。この場合でしたら、『遊び』は一切忘れ、収入に繋がる仕事に集中するということです」

「でも、それじゃ、私に不満が溜まる。それはどうしたらいいのですか」
清田は少しむっとして言った。俺はいったいどうなるんだ、そんな気持ちが入った。
「不満に思うのは、家族のことだけに集中したら、自分が本当にやりたい事がもうできなくなってしまうのでは、という不安があるからですよ。でも心配はありません。一時、やりたい事を放棄したとしても、また必ずやりたい事ができる状態が戻ってきます。それに、家族が困っている時に潔く、自分の楽しみは放棄してことにかかる姿勢を示せば、たとえそれが収入増にすぐにつながらなくとも家族は安心し、不満を言わなくなるものですよ。
さらに、清田さんの場合は幸いにも言葉がある。写真を撮らなくとも言葉で感性が捕らえたものを表現できる人だ。写真も言葉も根っこは同じ感性です。自分にあるものは、放棄したと思っても決して無くなるものではありません。身体を守る衣服を脱ぎさって裸になっても、身体があるじゃないですか。感性は衣服についているんじゃありませんよ。身体の中にあるものです。だから生きている間は無くなりません。
ただ、裸になっても、メモはとり続けたほうがいい。メモをとるぐらいならだれも不足しないでしょう。むしろ、そういう形でも感性を働かせておくことが大切です。そうすれば、『遊ぶ』余裕ができて来た時にいい写真がとれますから」
自分にあるものは無くならない、という言葉を聞いて、意味はよく理解できなかったが清田の気持ちは少し和らいだ。
「そういうもんですかね…」
「そういうもんです」
「ずいぶん、自信のあるおっしゃり方ですが」
「バツ三男の知恵とでも思ってください。私も四回目はこの知恵を活かしたいと思っているんですよ」
「私には、まだ未消化ですが、その知恵を心に留めておきます」
「それでけっこうです。とにかく騙されたつもりでやってみてください」
受話器からジャネットの声が小さく聞こえた。
「あっ、もう飛行場へ行かなければならない時間です。それでは、これで失礼。大阪での再会を楽しみにしています」
「はい、いろいろご心配いただいてありがとうございました。それでは大阪で」

清田はビール缶を手にとって、ベッドに腰をかけた。目の前にはドレッサーの鏡があり、風呂上がりで血色のよくなった清田の顔が映っている。清田堅治、さまになっているのか、どうか、と自問しながら、その顔をぼんやり眺めた。
川形の言葉を反芻してみた。『落ちた片手は自分を守ろうとする心』、その心は横において、他者のため『一つに集中すること』、そうしたとしても『自分にあるものは無くならない』。難しいな、何か未踏の地を歩くみたいだ、これはやってみないことには分からない。いくら考えたって善し悪しの判断がつくことではない。しかし、そんな不確かなアドバイスなのだが、清田は信じていいような気になっていた。

夕食はホテルのレストランで済ませた。奮発して、厚さ三センチほどもあるステーキを食べた。夕食後はロビーの売店で買い物をしてから部屋に戻り、写真データの確認と保存をした。一区切りついてミニバーからウイスキーのボトルを二本とりだした。それを大振りのグラスに注いで、ストレートでちびちびやりだした。撮影の合間に撮った『遊び』の写真を外付けモニターに取り出して一枚一枚味わいながら眺めた。知らない間にけっこうな枚数を撮ったもんだ。川形に見せたメモの言葉とうまく組み合わせができそうな写真があるな。そんなことを考えながら飲んだ。

何か肴があれば、と考えてミニバーを見に行ったが日本のホテルに置いてあるような気の利いたものはなかった。しかたがない。清田は先ほど売店で買った包みを開き、中から小箱を出した。箱にはチョコレートのミッキーマウスが入っている。ミッキーの全身像がチョコレートで出来ているので、面白半分に買ったものだ。
さてどこからかじるかな。取りあえず力を込めて折ると首が胴体から取れた。まずミッキーの耳からかじり始めた。片方、そしてもう片方をかじって、残りを机の上に置いた。耳をなくしたミッキーの顔は、もうミッキーではなくなっていた。ピエロのような大きな口をした変な丸い顔だった。さまにならないその顔に清田はカメラを向け、レディー?と一声かけてシャッターを押した。

(了)


2 コメント:

獅子鮟鱇 さんのコメント...

水夫 清 様

 こんばんは。獅子鮟鱇です。
 英語俳句、いいですね。私の英語力でも読めます。堪能させていただきました。
 郷に入っては郷に従えで、きっと英語を先に作られたのでしょうね。

 Even seagulls
 assume eagle-like stare--
 water's edge of this land

 『鴎さえ鷲の目で見つめるこの地の水際』

 この二作、英語の方がassume・・・stare。が効いていて、日本語よりも心にささります。
 日本語、五七五にすれば
 『鴎さえ鷲の目してこの水際』
 なのかと思いますが、「この地の水際」といわなければ、water's edge of this land とは別ものになるように思いました。
 雑駁な感想ですみません。

kuni_san さんのコメント...

御意見感謝。
雑誌の取材でロスをウロウロしている間に英語の句が先にできました。この小説はそれらの句をもとにしながら書きました。
句だけの場合、そして文章に組み込んだ場合、で多少語句を足したり、引いたりしています。
この鴎の場合、この文脈では現状のほうがいいとおもいました。句として独り立ちし、もう少し普遍性をもたすには、獅子鮟鱇さんの『鴎さえ鷲の目してこの水際』がいいと思います。
なかなか微妙なポイントですね。