2009-06-28

ただごとについて(上) 上田信治

ただごとについて(上)

上田信治 
「豆の木 no.11」(2007.4)より改稿転載。


「ただごと」は古今集仮名序以来の歌の用語ではあるが、今日、言われる「ただごと」は、それとあまり関係がない。

「ただごとではない」という日常語がまずあり、それをもう一度、否定しなおしたのが、俳句でふつうに言うところの「ただごと」だろう。

つまり「ただごと」とは、世界から「ただごとでないこと」を差し引いた残余である。

「詩」や「美」は「ただごとでない」ことだ----という考えから「ただごと」は生まれた。世界から宝石のような「ただごとでないこと」を集めよう、集めた中に「ただごと」が混ざっていたら、それはゴミだから捨てよう、というわけだ。

世界から「詩」をとりのぞいた残余が「ただごと」である。なにか「詩」のつもりで書いたものが、「ただごとに過ぎない」と言われたら、その人は叱られている。

しかし「ただごと」は、せっかく集めた「詩」の只中に、風呂の屁のように浮上する。

世界から「詩」や「美」を選別することが可能であるためには、それが何なのか、あらかじめ知られていなければならない。そんな既知の規範化した「詩」や「美」よりは、風呂の屁のほうが、よほど「ただごとでない」はずだ。

そういう「遅れて浮上する詩」としての「ただごと」について、すこし書きます。



大きなことを言うようですが、「ただごと」は、近代俳句の「写生という方法」による「詩」を、基礎づけた。

それで自分は余程ひまになつたので秋の終りから冬の初めにかけて毎日の様に根岸の郊外を散歩した。其時は何でも一冊の手帳と一本の鉛筆とを携へて得るに随て俳句を書きつけた。写生的の妙味は此時に始めてわかつた様な心持がして毎日得る所の十句二十句位な獲物は平凡な句が多いけれども何となく厭味がなくて垢抜がした様に思ふて自分ながら嬉しかつた。(正岡子規『獺祭書屋俳句帖抄上巻』1902 序文)

子規生前唯一の句集の序文から、明治27年ごろについての記述。仁平勝が『俳句が文学になるとき』(1996 五柳書院)で引いていたのと同じ所を引いた。

序文には続けて「此時の郊外写生の句は稲の句や螽の句が多いのでも同じ道を往復して居た事がよくわかる」として〈稲の花道灌山の日和かな〉〈掛稲の上に短し塔の先〉〈掛稲に螽飛びつく夕日かな〉などの句が挙げてある。虚子選の『子規句集』(1941 岩波文庫)に〈塔の先〉は落とされているが、いずれもなかなかの「ただごと」ぶりだ。

仁平勝が句集巻頭の明治25年あたりの句について指摘する「既成の俳諧的パターンをなぞっている」「俳句という作為が個的な体験を典型的な美意識に収斂させようとする」(仁平前掲書 p.38)旧派的な傾向を、明治27年の子規は、平凡かつなんとなく嬉しいものによって乗り越えた。それは、旧派の規範が排除した「ただごと」の、発見回収に他ならない。

俳句は、選び、選ばれることで完結する。

通常、その時代なりの規範である「詩」や「美」に即したものが選ばれ、それ以外は捨てられるのだが、俳句は、それが生態系的バランスであるかのように、「詩」や「美」の外にある「ただごと」の発見回収を忘れない(それは「ただごと」自体が規範化しているような平成の現代においても同じことだ。規範の外には、ちゃんと、もっとひどいのがある)。

それは、一見してそれと分る「詩」や「美」よりも、もっとディープでプライヴェートな、本人達もよく分っていないような価値の要請によるものだ。

そして、そういうものに限って、後に名句と呼ばれたりする。



柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〉(明治28年)が「ただごと」に見えてしょうがない。

この句がしばしば「本当に名句か」という議論にさらされるのは、その「ただごと」性と無関係ではないだろう。それは〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉にも言えることだ。

子規本人は「柿などゝいふものは従来歌よみにも見離されてをるもので、殊に奈良に柿を配合するといふ様な事は思ひもよらなかつた事である」(「くだもの」明治34年 『飯待つ間』岩波文庫 p.174)と書いているが、間違っている。それは子規にしても、この句を発見するためには、既存の「詩」的フレームが必要だったということだろう。

〈柿〉と〈鶏頭〉の両句が、相並んで評価されうるのは、「ただごと」の地平においてである。

どちらの句も、いきなり何を言い出したかと思わせる「つかみどころのなさ」がまずあり、遅れて「どうしてそのことを言いたいと思ったか」というぼーっとした謎があり、それらが「ああ、ともかく「それ」が言いたかったのだな」という形で、正しく本人の消息を伝える。

それは、たまたま書けてしまった「ただごと」を、事後的に選択することによって提示される、本人にも意識できるかどうかぎりぎりのプライヴェートな価値の表現である。

「従来歌よみにも見離されて」いた柿を取り上げることに、本人の都合しか根拠がないのだとしたら、それはその時点において、全くの「ただごと」だったことになる。

「柿」の句の成立について作者の語るところは、芭蕉の「古池」の場合とよく似ている。

しかし「蛙」の鳴き声ではなく「水の音」、山吹ではなく「古池」だからキテルよね、と言われても、それはすでにアンチとしての歴史的価値でしかない。現代の読者にとって、あえて「柿」を取り上げることや、あえて「蛙」の鳴き声や山吹を外すことに、感興は見出せない。

〈柿くへば〉も〈古池や〉も、従来の文学的規範からの「ずれ」によって、「もうひとつの美」として、作者に発見された。ところが、ずらされた当の「美」は、さっさと歴史的に退場してしまっている。もちろん、その位を〈柿〉や〈古池〉が簒奪したからそうなったわけだが、結果「もうひとつの美」から、支柱が抜けて「もうひとつの( )」とでもいうべき状態になっている。

つまりそこには、アンチであることによって書き得た、何ものかだけが残っている。

「詩」や「美」に依拠せず、ただ書けてしまっているものは「ただごと」である。

古池や蛙飛こむ水のおと〉も、見ていると、どんどん「ただごと」に見えてくる。


((中)につづく)


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