2009-07-05

〔古誌を読む〕大暴れ、丸出駄目女 さいばら天気

〔古誌を読む〕
大暴れ、丸出駄目女

『俳句研究』昭和53(1978)年1月号

さいばら天気


特集は「新俳壇の中堅」。38人の中堅(註1)が自選15句と短文を寄せ、それぞれの生年とデビュー作を配置した年譜を掲げるなど、行き届いた特集。また「第5回五十句競作の作品をめぐって」は小川双々子と三橋敏雄が執筆。さらに第24回現代俳句協会賞の選考過程サマリーと選考委員全員の「選考言」など、読みどころが多い。

にもかかわらず、今回取り上げるのは、「俳壇春秋」という見開き2ページの業界事情コラム記事。

著者名は「丸出駄目女」とある(「まるでだめじょ」と読むのだろうか)。つまり匿名記事。

ちなみに森田拳次作の漫画「丸出だめ夫」は1964年から1967年まで「週刊少年マガジン」に連載。1978年時点で、このモジリにはかなりの痛々しさが伴うが、それはそれとして、とても威勢がよく、かつ下世話もなんのその、業界ネタはこうでなくっちゃ、という迫力がある。

でも、こういう匿名記事ってどういう読まれかたをしているのかしら。野次馬根性丸だしで読んで、自分のことがちょっとでも書かれていると、たちまちふてくされちゃうのかもしれないわネ。だいたい俳壇って馬耳東風、糠に釘、暖簾に腕おし、蛙の面に小便(あら、はしたなかったかしら)、何を言っても無駄みたいなところがあるでしょ。キレイ事やタテマエ、能書きばかり言ってるくせにサ、その実、やってることをみたら全然なってない人が多いんですもの。
んんん、なんといえばいいのか、まず味わうべきは、この口調だろう。いまどきどこを探してもお目にかかれないが、こういう口調、たしかにあったのだ。昭和の週刊誌・告白モノ文体、とでもいうべきか。

味わいどころをいちいち挙げていたらキリがないが、「ふてくされちゃう」ははずせない。「しれないわネ」は、「ネ」のカタカナがポイント。シモネタを振っておいて、(あら、はしたなかったかしら)と括弧で括るあたりも凄い。「言ってるくせにサ」の「サ」も、昭和を知る世代にはぐぐっと胸に迫るものがある。

なんとなく、今で言うところの「ネカマ」(姿が見えず素性がわからないネットワーク社会の匿名性を利用して、男性が女性を装うこと及び装っている人:Wikipedia)の香りも漂うが、そこを詮索してもしかたがない。

ともかく2ページまるまるこの調子。口調をたどるだけでそうとうに楽しめる。レトロ狙いの娯楽(映画やアミューズメント施設等々)の比ではない。

さて、内容のほうも、紹介しましょう。先の引用部分にある「その実、やってることをみたら全然なってない人」の話の続き。
(…)友達などから聴く話によると想像以上にひどいのよ。現代俳句協会なんか、もう末期的症状らしいわネ。新会員になるために幾らお金を使ったとか、葉書を何百枚ばらまいたとか、そういう話は前から知ってたけど、現代俳句協会賞の候補になるために一部では組織票すら動いてるっていうじゃない。アレ、何票か以上とると自動的に資料を提出できる最終候補者になるらしいのネ。あきれかえっちゃうわ。そんなにしてまでも賞が欲しいのかしら。
あのですね、これはあくまで1978年当時の話で、今の現代俳句協会は、それが良いことか悪いことか知りませんが、簡単に入れます。だから、お金や葉書が飛び交うことはありえないと思います(他の協会のことは知りませんが)。

で、引用の後半は「現代俳句協会賞」の話題。お気づきのように、この一月号では、そのまさに現代俳句協会賞の第24回を大きく取り扱っているわけなので…(笑、と(笑)マークで空気をやわらげたくなるほど、踏み込んでます。打撃に腰が入ってます。
それから、このあいだ聴いた話なんか、もっとひどいわヨ。俳壇では誰知らぬ者もない(このあたりの言い回しがネカマっぽくないでですか:引用者)中堅結社誌なんだけども、同人に推挙されると一年に何人って新会員を入れなくちゃならないノルマがあるそうヨ。まるで、いまはやりのマルチ商法顔負けだわネ。
すべて「聞いた話」というところも無責任で素敵なのですが、ささくれだった感じが、昔のことばでいえば「伝法」というんでしょうか。カタギじゃない、クロウト風の魅力があります。

言ってるネタは、今どきの俳句雑誌ではきっと無理。なかなかお目にかかれないものですが、一方で、句会の二次会の酒席ではしばしば耳にするような話題です。新鮮さはなく、30年前も今も変わらないんだなあ、という感じ。例えば、次の箇所などは典型。
俳壇には批評がないって、事あるたびに言われるけど、俳人ってホメられるのは好きでも、ケナされたり、批評されたりすると目の色を変えちゃうのね。
「批評の不在」は昨日今日に始まったわけではないのですね。歴史を感じます。

さらに当時の『俳句研究』編集人・高柳重信も俎上に載ります。
そうそう、金子兜太センセイと高柳重信センセイのあの座談会記事(「俳句」十一月号)読んだけど、タワシ、じゃなかったワタシ、びっくりしちゃったわ。
「タワシ、じゃなかったワタシ」って……ああ、なんて滋味深い冗談!

引用続けます。
なんであんなささいなことでこじれるのかしら。不思議ネエ。(…)兜太センセイも(…)「断末」とか「肉の草」なんかであんなに頑張らなくったっていいじゃないのサ。(…)重信センセイだってそうヨ。じわじわねちっこく攻めるでしょ。
なるほど、何かやりとりがあったわけだ。こう聞かされると、『俳句』昭和57年11月号をなんとか手に入れて、兜太vs重信の座談会記事を読みたくなってきます。

といった次第で、楽しめる箇所はまだまだたくさんあるのですが、そろそろ終わりましょう。先に書いたように、この手の話、俳人同士の酒席ではめずらしくもないが、この頃は、テンション高いなあ!という感じ。話題は今とそれほど変わらないが、語るテンションがまったく違う。そういえば、現代俳句協会賞の「選考言」にも、口調に熱いものがあった(こちらは署名で熱い)。

念のために申し添えておくと、こうした啖呵記事があったほうがいいと言いたいのではない。30年前は、口調/文体も、冗談の質も、今では考えられないようなトンデモないものが紙の雑誌に堂々と掲載されていたことは興味深いが、それはそれ、今は今。

 *

ところで、この31年前の記事、ちょっと不思議なことがあって、つまり、1978年って、そんなに昔だっけ?というもの。 実はそれほど昔のこととも思わないのだ。ところが、この丸出駄目女さん、はるか遠いところに生息するキャラクターのように思えてくる。

ちなみに1978年は、ピンク・レディーの「UFO」が流行り、サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」でデビュー、映画『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』が日本で上映され、池袋にサンシャイン60が完成した年である。そうした1978年と丸出駄目女さんのこの感じ(語り口調)が同じ時代の中にあったとは、どうしても思えない。

それは私の勘違いなのだろうか。あるいは、丸出駄目女さんのこの記事はあえて「アナクロ」を偽装した演出なのか。あるいは、この当時、俳句世間が、一般世間とは別の時間の中にあった、つまり、ずいぶんと昔のままで時間が止まってしまっていたのか。その解釈は、怖ろしいが、ちょっと頭を掠めたりもする。

俳句世間って、ずっとこのかた、世の中から数十年ずつ遅れた時計で動いているのではあるまいな。だとしたら、怖ろしいです。



(註1)
38人のラインナップは、飯島晴子、鷲谷七菜子、轡田進、斎藤美規、貝碧蹄館、森田峠、伊丹公子、岡井省二、杉本雷造、宇佐美魚目、穴井太、飴山實、川崎展宏、中戸川朝人、福田甲子雄、岡本眸、阿部完市、志摩 聡、加藤郁乎、広瀬直人、大峯あきら、宮津昭彦、河原枇杷男、原裕、桜井博道、平井照敏、大井雅人、岡田日郎、杉本零、上田五千石、折笠美秋、矢島渚男、安井浩司、大岡頌司、大串章、福永耕二、酒井弘司、竹中宏と錚々たる顔ぶれ。

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