商店街放浪記15 京都 出町 枡形アーケード街
小池康生
鯖街道の終着点――――。
この一言に魅かれたのだ。
銀化の京都句会は、清水五条で行われ、そのあと、京都のどこかで飲み会。
大阪人のわたしにとっては、京都人に案内される京都グルメツアーの趣きがあり、毎回、どこに連れて行ってもらえるのかとても愉しみなのだ。
先月は、出町柳だった。
タクシー三台に分乗し、出町柳のどこに向かっているのか皆目分からずに案内されたのだが、車を降りると、商店街の入り口だった。
<枡形アーケード街>である。
一度来たことがある。ただ、ふらっと歩いただけだったが、商店街の入り口あたりに、うどん屋があり、そこの店頭に鯖寿司を売っていたのを覚えている。庶民的なうどん屋に見えたが、結構な値段の鯖寿司が置いてあった。京都の鯖寿司は高価なものだが、それでも色々な値段があり、そのうどん屋にそぐわい値段との印象を持った・・・・。あの店はどの辺りだろう。
先頭を行く京都銀化の“女親分”は、アーケードを逸れ、民家に入っていく。
町家を改装した店だ。入り口からして旨そう。関西メンバーの種種雑多が狭い間口に飲み込まれて行く。本当に色んな人がいる。多士済済とも言う。
この日は、わたしたちだけの貸し切り。コの字型のカウンターに全員が収まり、コース料理をいただく。少しづつ、すこしづつ、色々な料理がでてくる。
舌の肥えた“女親分”が見つけたお店だけあって今回も素晴らしい。
すぐさま裏を返したい店である。
いい店を教えてもらったと上機嫌で食事を終え、さぁ、商店街を歩くかと表に出たが、知らぬ間にいい時間となり、商店街はほとんど仕舞っていた。
あのうどん屋はどこなのだ。
“女親分”が言う。
「この枡形の商店街は、鯖街道の終点なの」
へーっ、そうなのか。そうなんだ。その一言が、いつか通ったあのうどん屋をフラッシュバックさせる。庶民的なうどん屋に、高価な鯖寿司。そうか、鯖街道終着点の鯖寿司なんだ。いよいよ裏を返さねば。
後日、記録的に遅い近畿の梅雨明け。
ピーカン続きの、それでいて立秋に近い頃、昼飯を掛けて出町柳に向かった。
わたしの住む街は、京阪本線の大阪と京都の中間地点。
特急に乗ると出町柳まで30分ほどで行ける。
大阪と京都はそんなに遠くないのだ。
京阪本線の特急は、座席が前向きのツーシーター。
こういう座席の構成が、近距離にも旅気分を醸し出す。
京阪<出町柳>で降り、地上に出て、西に歩くと河合橋。三角州を通り、すぐさま出町橋。橋がふたつあるということは、川が二つあるということで、高野川と加茂川を渡ったのだ。ここで二つの川は合流し、鴨川となる。
井筒監督の映画『パッチギ』のクライマックスで昭和の学生が、川に入り、くんずほぐれつ乱闘をしていたところだ。宮崎あおいの旦那も暴れていたあの三角州である。
この日は、不良らしき人物が見当たらず、白人女性がショートパンツで川に入り、三人の小学生が靴をはいたまま、水着で泳いでいた。その他、大学生らしきグループがあちらこちらでぼんやりしている。ちいさな子供を連れた主婦も川原の芝生で遊んでいる。
橋をふたつ渡った。
その出町橋の西詰めに石碑がある。
『鯖街道口』と大きく刻まれ、その下に<従是洛中>とある。
若狭から京都へ繫がる鯖街道には幾つかのルートがあるが、ここはそのうちの一つ、若狭街道の執着点。海の遠い京へ、若狭小浜のふっくらとした鯖を一夜で運んだ街道である。
腐り易い鯖に若狭で塩を振り、健脚で京へ一夜でくると、塩がなじみちょうどいい塩加減となる。ここが終着点か。
ここからすこし、歩き、今出川通りに出ると、これまた重要な石碑に出合う。
京都七口のひとつ、大原口の所在を告げる大原口道標。
その今出川通りを渡ると、アーケードが見える。
<枡形>とある。目指す商店街である。
先日は、逆から突入したのである。
今日はこちらから。
うん。いつぞや感じたのと同じ雰囲気。
庶民的。地元民御用達の雰囲気。
なにが庶民的かと言って、あちらこちらに手書きの貼紙。
メモするのを忘れてしまったが、客を元気づけるようなコメントだった。
アーケードの上部だけではない。店先にも色々な貼紙があった。
先日句会のあとに訪れたときに眼に飛び込んだのは、井上果実店の値札であある。赤やオレンジの紙に、派手に値段が記載されていた。その極彩色が店全体を彩り、とてもケバクて、ここが京都なのといいたくなる趣き。そこに記された値段が驚くほど安いので、これまたびっくり。大阪でもこんな店は珍しい。
それほど長くない商店街を行ったり来たり。魚屋が二軒あり、スーパーも二軒あり、野菜屋など多彩である。
商店街の入り口あたりに、わたしの探していた、うどん屋があったが、定休日であった。ほとんどの店が開いているのに、定休日。
出直せばいい。近いんだから。
とりあえず、阿闍梨餅を買う。
一見、どらやきのミニチュアに見えて、どうしてこれが<餅>なのかと思うが、食べてみると、モチッとして、ああ、これは餅なんだと思う。
相当に嵌る味である。
この由緒正しき阿闍梨餅が、枡形の商店街で買えるのである。
ひとつ100円、5個を買う。
それから二つあるスーパーのひとつに入る。
加茂茄子は売切れ。何もかもが安い。
骨きりを済ませてある鱧二尾と片口いわしを買う。
鱧は398円。片口鰯は、一串十尾で100円。
それから酢橘三個100円も買う。
家に帰って鱧しゃぶ。
商店街を抜けたところは、寺町商店街。
以前、この連載の第11回で『京都 寺町通り』を書いたが、あれは三条界隈のこと。その寺町通りはここまで伸びているのだ。
本格的な鉄道模型の店や、のれんの大きな料理屋が並ぶ。
昼食は、寺町通りの蕎麦屋でとる。造作美しく、ひろびろとした店内だが、天麩羅蕎麦のそばはてんこ盛りで腹いっぱい
そして、翌日。
また昼飯に掛け、この商店街を訪れる。
橋を渡り終えたとき、<鯖街道口>の道標を確認し、なぜかにんまりする。
今日は開いている。
うどん屋と勝手に読んでいた店は、寿司と麺類の店。
12時20分ころだったろうか。満席。相席を頼まれる。
さぁ、鯖寿司だ。
壁の品書きを見ると、鯖姿寿司3500円とある。昼からこんなものを食べていると、破産だ。よくよく眺めると、鯖寿司1,600円というのもある。うどんも食べたい。東西南北に首を振り、品書きを確認する。鯖寿司セット1,000円とある。こういうものが食べたいのだ。訊けばうどんとのセットとか。注文いたしまする。
出てきたのは、朧うどんと二切れの鯖寿司。
この鯖寿司が、威風堂々とした代物で、見た目で味が想像できる。鯖がぶ厚く、冬布団をくるっと寿司飯に巻きつけたくらいにふくよかである。
この1,000円は、価値がある。
わたしの人生で食べた鯖寿司のナンバーワンである。
実はわたくし、鯖が大好き。きずしも大好き。実は、破産しても今日、鯖街道終着点の鯖寿司を食べようと決めていたのである。
それが千円で・・・あぁ、いいなぁ。うどんも量が多かった。
いつか立派な人間になり、1,000円の鯖寿司セットのあと、3,500円の鯖姿寿司を買おう。
店を出て、隣りにある揚げパン専門が目に止まる。
カレーパン。トマトチキン。じゃがコーン。ピロシキを買う。どれも150円。
カレーパンには。潰したゆで卵が入っていた。
それから昨日とは違うもうひとつのスーパーには入り、また、うろうろ。
結局、120円の鮎5尾と、100円の烏賊2杯を買う。この日の晩飯。
鮎は塩焼き、烏賊は烏賊そうめんと、烏賊とセロリのニンニク炒めにした。
不思議な商店街だ。
大阪の淀屋橋とひと続きの出町柳。
遠いようで近く、近いというのに独得の存在。
いまどきの世の中にまみれず、古い時間が、ほどよく流れている。
晩夏光鳶は遠くへ行かぬ鳥 康生
(一週おいての連載)
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小池康生
鯖街道の終着点――――。
この一言に魅かれたのだ。
銀化の京都句会は、清水五条で行われ、そのあと、京都のどこかで飲み会。
大阪人のわたしにとっては、京都人に案内される京都グルメツアーの趣きがあり、毎回、どこに連れて行ってもらえるのかとても愉しみなのだ。
先月は、出町柳だった。
タクシー三台に分乗し、出町柳のどこに向かっているのか皆目分からずに案内されたのだが、車を降りると、商店街の入り口だった。
<枡形アーケード街>である。
一度来たことがある。ただ、ふらっと歩いただけだったが、商店街の入り口あたりに、うどん屋があり、そこの店頭に鯖寿司を売っていたのを覚えている。庶民的なうどん屋に見えたが、結構な値段の鯖寿司が置いてあった。京都の鯖寿司は高価なものだが、それでも色々な値段があり、そのうどん屋にそぐわい値段との印象を持った・・・・。あの店はどの辺りだろう。
先頭を行く京都銀化の“女親分”は、アーケードを逸れ、民家に入っていく。
町家を改装した店だ。入り口からして旨そう。関西メンバーの種種雑多が狭い間口に飲み込まれて行く。本当に色んな人がいる。多士済済とも言う。
この日は、わたしたちだけの貸し切り。コの字型のカウンターに全員が収まり、コース料理をいただく。少しづつ、すこしづつ、色々な料理がでてくる。
舌の肥えた“女親分”が見つけたお店だけあって今回も素晴らしい。
すぐさま裏を返したい店である。
いい店を教えてもらったと上機嫌で食事を終え、さぁ、商店街を歩くかと表に出たが、知らぬ間にいい時間となり、商店街はほとんど仕舞っていた。
あのうどん屋はどこなのだ。
“女親分”が言う。
「この枡形の商店街は、鯖街道の終点なの」
へーっ、そうなのか。そうなんだ。その一言が、いつか通ったあのうどん屋をフラッシュバックさせる。庶民的なうどん屋に、高価な鯖寿司。そうか、鯖街道終着点の鯖寿司なんだ。いよいよ裏を返さねば。
後日、記録的に遅い近畿の梅雨明け。
ピーカン続きの、それでいて立秋に近い頃、昼飯を掛けて出町柳に向かった。
わたしの住む街は、京阪本線の大阪と京都の中間地点。
特急に乗ると出町柳まで30分ほどで行ける。
大阪と京都はそんなに遠くないのだ。
京阪本線の特急は、座席が前向きのツーシーター。
こういう座席の構成が、近距離にも旅気分を醸し出す。
京阪<出町柳>で降り、地上に出て、西に歩くと河合橋。三角州を通り、すぐさま出町橋。橋がふたつあるということは、川が二つあるということで、高野川と加茂川を渡ったのだ。ここで二つの川は合流し、鴨川となる。
井筒監督の映画『パッチギ』のクライマックスで昭和の学生が、川に入り、くんずほぐれつ乱闘をしていたところだ。宮崎あおいの旦那も暴れていたあの三角州である。
この日は、不良らしき人物が見当たらず、白人女性がショートパンツで川に入り、三人の小学生が靴をはいたまま、水着で泳いでいた。その他、大学生らしきグループがあちらこちらでぼんやりしている。ちいさな子供を連れた主婦も川原の芝生で遊んでいる。
橋をふたつ渡った。
その出町橋の西詰めに石碑がある。
『鯖街道口』と大きく刻まれ、その下に<従是洛中>とある。
若狭から京都へ繫がる鯖街道には幾つかのルートがあるが、ここはそのうちの一つ、若狭街道の執着点。海の遠い京へ、若狭小浜のふっくらとした鯖を一夜で運んだ街道である。
腐り易い鯖に若狭で塩を振り、健脚で京へ一夜でくると、塩がなじみちょうどいい塩加減となる。ここが終着点か。
ここからすこし、歩き、今出川通りに出ると、これまた重要な石碑に出合う。
京都七口のひとつ、大原口の所在を告げる大原口道標。
その今出川通りを渡ると、アーケードが見える。
<枡形>とある。目指す商店街である。
先日は、逆から突入したのである。
今日はこちらから。
うん。いつぞや感じたのと同じ雰囲気。
庶民的。地元民御用達の雰囲気。
なにが庶民的かと言って、あちらこちらに手書きの貼紙。
メモするのを忘れてしまったが、客を元気づけるようなコメントだった。
アーケードの上部だけではない。店先にも色々な貼紙があった。
先日句会のあとに訪れたときに眼に飛び込んだのは、井上果実店の値札であある。赤やオレンジの紙に、派手に値段が記載されていた。その極彩色が店全体を彩り、とてもケバクて、ここが京都なのといいたくなる趣き。そこに記された値段が驚くほど安いので、これまたびっくり。大阪でもこんな店は珍しい。
それほど長くない商店街を行ったり来たり。魚屋が二軒あり、スーパーも二軒あり、野菜屋など多彩である。
商店街の入り口あたりに、わたしの探していた、うどん屋があったが、定休日であった。ほとんどの店が開いているのに、定休日。
出直せばいい。近いんだから。
とりあえず、阿闍梨餅を買う。
一見、どらやきのミニチュアに見えて、どうしてこれが<餅>なのかと思うが、食べてみると、モチッとして、ああ、これは餅なんだと思う。
相当に嵌る味である。
この由緒正しき阿闍梨餅が、枡形の商店街で買えるのである。
ひとつ100円、5個を買う。
それから二つあるスーパーのひとつに入る。
加茂茄子は売切れ。何もかもが安い。
骨きりを済ませてある鱧二尾と片口いわしを買う。
鱧は398円。片口鰯は、一串十尾で100円。
それから酢橘三個100円も買う。
家に帰って鱧しゃぶ。
商店街を抜けたところは、寺町商店街。
以前、この連載の第11回で『京都 寺町通り』を書いたが、あれは三条界隈のこと。その寺町通りはここまで伸びているのだ。
本格的な鉄道模型の店や、のれんの大きな料理屋が並ぶ。
昼食は、寺町通りの蕎麦屋でとる。造作美しく、ひろびろとした店内だが、天麩羅蕎麦のそばはてんこ盛りで腹いっぱい
そして、翌日。
また昼飯に掛け、この商店街を訪れる。
橋を渡り終えたとき、<鯖街道口>の道標を確認し、なぜかにんまりする。
今日は開いている。
うどん屋と勝手に読んでいた店は、寿司と麺類の店。
12時20分ころだったろうか。満席。相席を頼まれる。
さぁ、鯖寿司だ。
壁の品書きを見ると、鯖姿寿司3500円とある。昼からこんなものを食べていると、破産だ。よくよく眺めると、鯖寿司1,600円というのもある。うどんも食べたい。東西南北に首を振り、品書きを確認する。鯖寿司セット1,000円とある。こういうものが食べたいのだ。訊けばうどんとのセットとか。注文いたしまする。
出てきたのは、朧うどんと二切れの鯖寿司。
この鯖寿司が、威風堂々とした代物で、見た目で味が想像できる。鯖がぶ厚く、冬布団をくるっと寿司飯に巻きつけたくらいにふくよかである。
この1,000円は、価値がある。
わたしの人生で食べた鯖寿司のナンバーワンである。
実はわたくし、鯖が大好き。きずしも大好き。実は、破産しても今日、鯖街道終着点の鯖寿司を食べようと決めていたのである。
それが千円で・・・あぁ、いいなぁ。うどんも量が多かった。
いつか立派な人間になり、1,000円の鯖寿司セットのあと、3,500円の鯖姿寿司を買おう。
店を出て、隣りにある揚げパン専門が目に止まる。
カレーパン。トマトチキン。じゃがコーン。ピロシキを買う。どれも150円。
カレーパンには。潰したゆで卵が入っていた。
それから昨日とは違うもうひとつのスーパーには入り、また、うろうろ。
結局、120円の鮎5尾と、100円の烏賊2杯を買う。この日の晩飯。
鮎は塩焼き、烏賊は烏賊そうめんと、烏賊とセロリのニンニク炒めにした。
不思議な商店街だ。
大阪の淀屋橋とひと続きの出町柳。
遠いようで近く、近いというのに独得の存在。
いまどきの世の中にまみれず、古い時間が、ほどよく流れている。
晩夏光鳶は遠くへ行かぬ鳥 康生
(一週おいての連載)
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