2009-08-30

〔テキスト〕中村安伸 水は水に

2009年度現代俳句協会新人賞・落選作

 水は水に  中村安伸

水は水に欲情したる涼しさよ
秋雨の空母は誰が妻ならむ
この穴を所有してゐる天の蝉
涼しさや時間旅行をして来し妻
いなづまの刺青を負ふ人魚姫

時を告げさうな沼なり秋彼岸
ひとりだけ菌のやうに白く居り
寒満月樹海は首都を咀嚼せり
風邪気味の龍の戻りし潟しづか
冬薔薇小学校が捨ててある

フランス語会話の妻等冬木立
ネクタイに奔馬閉ぢ込め冬青空
冬晴れて聖書にはなき熱海駅
我去つてオフィスにぎやか冬の菊
飴色の筮具が遺品竹の秋

春浅き果実は炭に祖父は灰に
空白を祖父は視てをり春の雨
なによりも低く諏訪湖や春の暮
山笑ふ膿のごとくに湯を出して
流刑地に猫背の機械月朧

風船に尻載せてゐる少女歌手
地球儀の前で下着を脱ぐ虚子忌
農場へグラニュー糖のごと白雨
香水をこぼして神を追ひ払ふ
兵器にも肉を喰はせる星祀り

からだを覆ふ砂の体や夏休
夏の雨皆泣いてゐる印刷所
肉塊となるまで脱ぎし熱帯夜
石室を石棺を抱き山滴る
片陰や犬にひとつの名を与へ

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