商店街放浪記17 大阪 空堀商店街 中編
小池康生
承前≫大阪 空堀商店街 前編
空堀商店街の近くに直木三十五記念館があるらしい。
ここを訪ねるのが、今回の目的のひとつ。
しかし、これがなかなかみつからない。
事前にパソコンで調べて地図でも打ちだせばいいようなものだが、
そういうことをしたくないのだ。
近辺に記念館があると分かるだけで充分である。
後は、うろうろしている中で、偶然『直木三十五記念館』を見つける。
「あぁ、こんなところにあるのか」
と呟くのが嬉しいのである。
全長800メートル、すべて坂道である空堀商店街を上り下り上り下り、
店を眺めつつ、脇に広がる長屋や石畳の道を覗きこみながら、記念館らしきないものはないか、うかがう。
坂道の脇に坂ある初秋かな 康生
この商店街は、年季があるというか、侘び寂びがあるというか、余白があるというか、ゆったりとした雰囲気で歩ける。
どこがいいのだろう。枯れた感じと生活感のバランスだろうか。
鮮魚を売る店が結構あり、スーパーも二つあり、マッサージ屋、たこ焼き、お好み焼き屋、文具、衣服、和菓子・・・、そうそう、テイ
クアウトの<うどん玉>と<天麩羅>を売る店があり、織田作之助の小説にこんな店が出てきたような気がして懐かしくなった。昔の日本の風景が生き残っている商店街なのである。
基(もとい)。
記念館探しである。
ふらふら歩いていれば見つかるだろうと多寡をくくっていたが、なかなかに手ごわい。起伏の多い町。坂道を脇に逸れても坂道。うろうろするにも体力がいる。
街歩きにはちとシツコイのだが、今回は、しんどかった。
商店街に<直木三十五記念館はこちら>という表示でもあるだろうと期待したのだが、そういうものはなく、まだ、この町に根付いていないのかなと訝しがったりもした。
空堀商店は、三つの筋に接触する。
台地の最も上が、<上町筋>。
真ん中が、<谷町筋>。
一番下が<松屋町(まっちゃまち)筋>。
この三本の筋を縫い付けるように、商店街は、横たわっているのだ。
直木三十五記念館は、谷町筋と松屋町筋の間、その北側のゾーンにあった。
つまり商店街を谷町筋からくだり、最初に見えてくる右手の道に入るのだ。
右手に下ると、大きな公園が見え、その先に「萌(ほう)」と名づけられた複合文化施設が現れる。
建物の上に、<直木三十五記念館>と大きな墨痕がある。
表には、洒落たグリーンが設えてありおしゃれなのだが、なんだが入りにくい。
足を踏み込む。・・・空気が硬い。
硬いのは、わたしの方だろうか。
一階のパスタ店は閉まっている。
二階に記念館があるようだ。
階段を見あげるが、人の気配がない。
・・・上がりますよ。アヤシイ者じゃありませんよ。
小さな店が幾つかある。
そこの右手奥に<直木三十五記念館>の戸口がある。
中を覗いていると、隣接した店の扉が開き、若い男性が出てくる。
入場料200円ですと告げられる。
男性が姿を現した店は、<サンダーボルト、書林>となっている。
聞けば
「うちは別の店なんですけど、受付になってます」
200円を払い、チケットとチラシをもらう。
「中に入ると案内音声が流れてきます。畳の上にもあがってもらっていいですし、本棚の本も自由に読んでください」
灯りを点けてくれる。博物館というよりは、部屋に入る感じ。
一歩踏み込むと、全貌が見渡せる。
狭いが、いい雰囲気である。
右手に土間。直木三十五の直筆の手紙などが展示され、壁には略歴が貼ってある。
左手は、畳敷きになっていて、展示品のほかに、本棚がある。
これを自由に読んでいいらしい。
音声ガイドが直木三十五を教えてくれる。
直木三十五は、大阪市南区内安堂寺町生まれ。
記念館横にある小学校に通っていたそうな。
現在お隣りは、桃園公園。
そういうところに記念館があるのだ。
記念館に流れる音声は、直木三十五が、早稲田中退後、出版事業を興したり、映画製作に関わったり、莫大な借金を抱えて生きたことを伝える。
土産物として販売もされている手拭が壁に貼られてあったが、そこには直木の名文句が印刷されている。
『藝術は短く 貧乏は長し』
直木賞の直木三十五だが、芥川賞の芥川竜之介が読まれているほどに読まれていないし、生涯も知られていない。
そこで、町おこしとして、市民有志が、記念館を作ったらしい。
これは、あとで<サンダーボルト書林>のお兄さんから聞いた話。
気にいったのは、本棚の本を触っていいこと。読んでいいこと。
靴を脱ぎ、畳敷きのスペースにあがる。
全集を箱から抜きだし、作品名を眺めたり、また、べつの本棚から大阪関連の書籍、空堀の歴史に触れるようなものをぺらぺらめくる。
<手を触れないでください>が博物館などの基本だが、ここは触れてもいいらしい。靴も脱ぐので、結構リラックスできる。混み合えばしんどいスペースかもしれないが、わたし一人なので贅沢といえば贅沢。
直木三十五の全集は全21巻。結構書いているのだ。その内、どれだけの作品が読まれているのだろう。『南国太平記』『黄門廻国記』が有名だが、それもどれだけ読まれているのか。わたしも『黄門廻国記』を読みかけたことがあるが、結局は最後まで読まず仕舞い。他の本も読んでいない。つまり名前や伝聞は知っていても一冊も読んでいない。
脚本家、映画監督も経験し、多彩な人であったようだが、日本で最も有名な文学賞の冠になっている割には、作品は知られていない。
全集21巻を埋めるだけの作品を書いているのに、読まれていないのだ。
のんびりさせてもらった。
歩き疲れた体が休まる。
そして、ここでもらったチラシを読み、界隈の状況を少し把握した。
空堀周辺には、この『萌(ほう)』の他にも、こういう複合文化施設がいくつかあるようだ。
帰り際、隣りの書林を覗く。
チラシには、“大阪で一番眠たい催眠古本雑貨サロン”とあった。
引き戸を開ける。靴を廊下で脱ぐらしい。
中は絨毯敷きの部屋。本棚の前にソファ。その向こうにハンモックが吊られている。本の冊数はそんなになく、ディスプレイがゆったり飾られ、入り口には、冷蔵庫があり、缶ビールが冷えている。
レジの横には、ナッツなど。
「ビール飲めるんですか?」
「本があまり売れないんで、ビールも売っているんです」
自然な感じに、親しみえを覚える。
直木三十五記念館の横にこういう書林があるのが可笑しい。
俳句風に言えば、取り合わせが面白い。
路地裏荒縄会が集合する時間には、直木三十五記念館は閉まっている。
しかし、この書林は開いている。あとで、ここに案内しよう。
若い店主に町に増えている文化複合施設の説明を受ける。
『萌(ほう)』のほかに『惣(そう)』『練(れん)』という集合体があるらしい。
『惣』は長屋を再生させた集合体。
『練』は、名のあるお邸を移転させた複合施設。
わたしが東京に行く前、こんなものはなかった。
商店街を芯として、惑星のようにこういうものが誕生しつつあるのだ。
商店街に戻る。
西(下)へ進む。少し行くと、お祓い通りにクロスする。
それを南に、南(左手)に折れて進むと、雰囲気のある建物が見えてくる。
民家の屋根の上に土や草が見える。なんとも珍しく美しい。
長屋再生らしいが、相当おしゃれな建築物。
これが『惣』。
右手のショーウインドーにドーナツが見える、
細い入り口を入ると、突き当たりは、カフェらしきスペース。
入り口に戻り、左手の空間を覗きこむ。
足を踏み込むとして、あまりに床がキレイので
「ここは靴のままでいいんですか?」
と店の人に聞く。
「あっ、そのままどうぞ」
言われるままに入る。<空堀あーとぼっくす>というお店。女性向けのアクセサリーを扱っている。しまった。わたしが入るような店ではなかった。しかし、すぐに踵を返すのも躊躇われ、お愛想お愛想、ポーズだけでもときょろきょろしていると、
「Boxごとに、違うデザイナーさんの作品なんです」
と教えられ、すかさず、
「この建物は、いつ、できたんですか?」
と噛み合わない質問をし、そこから話が始まった。
上行くと下くる雲や秋の天 凡兆
(まだ、続く)
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