2009-10-25

テキスト版 2009落選展 近 恵 ちくわに進入口

ちくわに進入口 近 恵

夏霞牛の塊ほぐれけり
縞の靴下夏野半分まで歩く
脳味噌の痒きところや大南風
卯の花やとろりとろりと神田川
真ん中の泡のへこみし生ビール
豆飯のふんわり盛られ渡さるる
友達のあかしハンモックを揺らす
虹消えし街より暮れてゆきにけり
夏帯をほどきしやふに猫帰る
若葉風あしたおとなになりたいな
ぎしぎしの更地小さく分けてをり
どうしてもラムネ飲みたし西郷像
交番へ冷し中華の届けられ
籐椅子のほつれてゐたり蕁麻疹 
をととひのことから話す海蛸の夜 
冷酒の表面張力が切れる
入梅や白書の文字の薄かりし
忌わしきものが冷蔵庫の中に
青梅雨や前掛けの紐縦結び
やかんより吹きこぼれたる麦茶かな
雨靴を干すやほうたるふたつみつ
せんべいの缶に白夜の招待状
やませ来るガスの元栓固かりし
足首のゆるき靴下鰻焼く
力なく蝿捕リボン揺れてをり
ラジオ体操峰雲に手が届く
シャワーちょろちょろどこか休んでゐるらしき
覚えなき手紙出てきし熱帯夜
草いきれヘッドホンよりビートルズ
片蔭を出るやモデルのごとく脚
白椅子を端から倒し初プール
大丈夫水着姿にはならない
選曲を間違へてゐるプールかな
夏空やちくわに進入口ふたつ
緑陰に戦隊ヒーロー休みをり
鈍感なところにこぼし氷水
まくなぎの動きし方へ足の向く
蜘蛛の巣を払ふ役目の右手かな
滝に入る日には黄色の割烹着
鼻息に揺れゐるほどの泉かな
夏痩せて煙草の灰のこぼれをり
虹の下では融けやすきチョコレート 
鳩よもう鳴くな夜見世に吊られるぞ 
放牧の牛のやうなり花火船
灯台が沖へ出たがり夏の風邪
マスクメロン掬ひ仮病の真昼かな
冷酒や明朝体の文字小さし
ガス台を磨き西日の中にをり 
夕焼に病んでしまひし足の裏
縁側に鬼灯市の土産かな

2 comments:

野口裕 さんのコメント...

 友達のあかしハンモックを揺らす
ちょっと、どういうシチュエーションなのか考え込みました。「友達」という言葉に対するスタンスが世代によって異なるのか、とも。

その他の印象句
 真ん中の泡のへこみし生ビール
 交番へ冷し中華の届けられ
 大丈夫水着姿にはならない
 滝に入る日には黄色の割烹着

藤幹子 さんのコメント...

好きな句など。

夏霞牛の塊ほぐれけり
真ん中の泡のへこみし生ビール
友達のあかしハンモックを揺らす
冷酒の表面張力が切れる
忌わしきものが冷蔵庫の中に
やませ来るガスの元栓固かりし
大丈夫水着姿にはならない
選曲を間違へてゐるプールかな

牛の塊,生ビール,冷や酒,いづれも当方が好物なせいもありますが,視点の一点集中させる感じが好きです。
ハンモック,ボーイスカウトかなにかのよう。友達に,と言い出した方の高揚感が伝わってきます。
冷蔵庫はラヴクラフトを思わせますね。全然違うのは承知ですけれども。