Aトレイン 箭内 忍
よく晴れてダルメシアンが滝の上
賞状のごと子を渡す躑躅越し
杭四本打ちて暮るるや浜万年青
文鳥をぎゆつとしやうか梅雨の夜は
鍵束を落とすや燕の子黙す
車掌敬礼紫陽花を抱きしまま
簗の字の多き弔電夏の雲
青梅の持ち主を以下乙と記す
水中花最初ためらふのは理性
夜の新樹「Aトレイン」が切れ切れに
謝るは難し一本の向日葵に
蜂の巣に機密のごとく閉づる穴
ひとつづつスラムへ消ゆる夏帽子
蜩や咳の嵐の鎮まりて
縦縞の魚より泡今朝の秋
心中を見たかのやうに桐一葉
磔像の重なる足裏鶏頭花
深秋のティンパニ奏者のしなりやう
モトクロスレースに戻る通草見て
橙植樹ネクタイとハイヒール
秋灯や天地揃へてふ文字の列
一点も曇りなき啄木鳥のダム
夜の除雪車不死鳥を噴き上げし
一人憎みマフラー丸く編み始む
着膨れの電車の中の吾の鼓動
義士の日の通勤鞄嵩張りぬ
眠り浅きペットホテルの聖夜かな
憲法のビラ受く蓮の骨の前
黒衣の一団歳晩のエアポート
無重力とは寒鯉の口の中
山茶花や傍聴席を取る列に
骨軋む音せり冬の牡丹園
外套に四本の足建国日
北窓を開けるとぼた山が一個
甚平鮫早春の陽が真横から
花虻の掲げたる尻けつたいな
野馬の尻右と左に虻と詩と
サイレンの真似する鸚哥おぼろ月
議事堂前利息のごとき花三分
さくらさくら乗り継ぎ駅に蟹の湯気
ワイパーで一掃出勤の花吹雪
白木蓮我を告発するやうな
ハンドルに遊び紙風船に糊代
春うれひとはカステラの焦げ茶部分
白板にバイタル数値春の蜘蛛
開いては折るリハビリの紙雛
道場に大の字五つ卒業す
トス上げし手と宙に在り春の月
肖像画に梨の花ある遠忌かな
黒蜜に透明感や昭和の日
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2009-10-25
テキスト版 2009落選展 箭内 忍 Aトレイン
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1 comments:
よく晴れてダルメシアンが滝の上
俳句表現のリアリズム=現実表現の水準をあげることが、今日の俳句の課題の一つとして浮上している。
それは「写生のマニエリズム的深化」としてであったり「現代性」の担保としてであったり、「前衛俳句の言葉の奇っ怪な強度と同等のものを求めて」であったりするのですが。
現実表現の水準をあげるのに、手っ取り早く効くのが「ネタ」のリアリティです。掲句、夜半の〈滝の上に水現れて落ちにけり〉を隠し味に、空中に顔を出したダルメシアンが、まざまざと見えた気にさせる。夏の季感なんかケほどもありません。まったく花鳥諷詠ではない場所に、生命の躍動感がある俳句がぽんと立ち上がる。
車掌敬礼紫陽花を抱きしまま
義士の日の通勤鞄嵩張りぬ
なども同じく巧みですが、こちらは「昭和」っちゃあ「昭和」。ダルメシアンが「平成」っぽいのは、ネタが、もろに共感のほうをむいてはいないからでしょう。
杭四本打ちて暮るるや浜万年青
外套に四本の足建国日
北窓を開けるとぼた山が一個
数詞を使ったいくつかの句の、みょーな抽象性にもひかれました。
無重力とは寒鯉の口の中
おもしろいです。カンゴイという音までおもしろく感じられる。
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