2009-11-08

林田紀音夫全句集拾読 091 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
091




野口 裕





春そこに丸に四角に水溜り

平成七年、「花曜」発表句。ときには世界をあるがままに受け入れる日もある。

 

沖曇る旅の途中の茹で卵

平成七年、「花曜」発表句。場面は異なるが、中村汀女の「ゆで卵むけばかがやく花曇」を思い出す。曇天の沖を眺めながら、昼食がわりのゆで卵。汀女と異なり、殻がうまく剥けない感覚が残る。

 

波寄せて五月はすでに足許に
あけくれの白さるすべり流人めく
病葉の音立てて十字架の影

平成七年、「花曜」発表句からとびとびに拾ってみた。すでに平成七年一月十七日の阪神淡路大震災により、被災中の身の上である。『悲傷と鎮魂 -阪神大震災を詠む』(朝日出版社)からの原稿依頼状は、二月半ばに届いているはずであるが、彼はそこに作品を寄せず、おそらくはどぶ漬けの作品の中から、上掲のような句を発表していた。震災に関しては素知らぬ顔をしていたわけだが、それに関わる句は次年度に発表すべく、どぶ漬けの最中であった。

 

鉄筋の棘忽然と激震地

平成八年、「花曜」発表句。平成八年が林田紀音夫にとり、阪神淡路大震災の句発表の年。一年待ったことになる。あえて、そうしたのだろうと想像される。最初に目に付いた句がこれ。

コンクリートからむき出しになった鉄筋を「棘」と、とらえる。紀音夫によくある感傷はない。見事な造形である。同年の海程にはない。句が良ければ重複発表を厭わない彼の性向からすると、本人は余り評価していなかったのかもしれない。

 

余震の夜へ枕木を踏み人の列

平成八年、「花曜」発表句。電車は走っていない。道路も寸断されている。枕木を踏みつつ、歩かねばどこへも行けない。目的を同じくする人の列が続き、余震もまた間断なく。

0 comments: