2010-01-17

〔週俳12月の俳句を読む〕津久井健之 「追悼」長谷川櫂・感想

〔週俳12月の俳句を読む〕
津久井健之
「追悼」長谷川櫂・感想



昨年十一月の終わり、ながい療病生活を送られていた川崎展宏先生が逝去され、十二月五日、小春の朝、武蔵野の森に抱かれた静かな場所で葬儀が営まれました。

弔辞では、稲畑汀子先生は故人との吉野山の思い出、星野恒彦「貂」代表は、床にふされていたときの様子をお話になり、展宏先生の奥様の挨拶では、最近の作品「聴いてごらん朝ひぐらしが鳴いているよ」(「朝日新聞」平成二十一年九月二十八日朝刊)が詠まれたときのエピソードを伺うことができました。

星野代表の弔辞の中で、亡くなられる五日前に届いたという、「貂」創刊三十周年記念号のための句稿、三句のうちのひとつが披露されました。

十二月たらたら多摩の大夕焼  展宏

まさしく、この句のような、ゆったりとして、あたたかいお別れの式でした。

葬儀には、ぐっと力がこもりつつも、さびしさのただようまなざしの長谷川櫂先生がいらっしゃって、「追悼」十句拝読後、あの時のまなざしが思い起こされました。

この作品は、展宏先生への追悼という主題に重きをおいた「連作」です。一句毎の味わいはもちろんのことですが、十句全体としての鑑賞も同等に大切です。ここに「連作」として感じ入ったことを一点だけしたためさせていただきます。

この十句には、二つの深ぶかとした「間」があるかと思います。

ひとつは、句と句の「間」。

訃報に接しての驚き、悲壮、故人を巡る回顧そして癒し。大切な人を失った際の時間的ひいて心理的な経過にそって句が置かれていることで、前句から次の句へと読み継ぐ「間」にも、フェードアウトとフェードインの残像がうすうすと重なりあうような、情感、心の機微がたっぷりとこめられている印象を受けるのです。そこにはまるで、氏の吐息がきこえるようでもあります。

もうひとつは、展宏作品との「間」。

句はすべて展宏先生を思われて生み出されたものですが、その思いは同時に展宏作品についても至っているはずです。

三句目。

人間に管を継ぎ足す寒さかな  長谷川櫂

「管」の句における詞書の展宏作品との呼応はもちろんのことですが、そのほかにも、次のような句に展宏俳句の世界に親和な間合いで対話する気配がただよいます。

四句目。

悴みてかくも小さく心かな

綿虫にあるかもしれぬ心かな  展宏 『冬』

五句目。

熱燗やがさつな奴が大嫌ひ

熱燗や討入おりた者同士  展宏 『夏』

九句目。

たとふれば枯葉のごとく言葉あれ

洒落ていへば紅葉かつ散る齢にて  展宏 『冬』

「間」は、空であり、韻律のとどろく場です。

氏は、この十句に、このような二つの「間」を響き合わせて広大な虚空をつくりだし、鎮魂の情をたたえ、故人と作品をとおした対話を静かに続けているのかと思う次第です。

虚空には、ほんとうにかんばしい線香のけむりがゆらめいています。


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