2010-01-10

〔新撰21の一句〕五十嵐義知の一句 小川春休

〔新撰21の一句〕五十嵐義知の一句
地への視線 ……小川春休


鞦韆の影を長くし解き放て  五十嵐義知

鞦韆に腰を下せば、私もまた、鞦韆の影の一部に取り込まれてしまうだろう。そのまま鞦韆を漕いでも、せいぜい影を揺らす程度にしかならぬ。

鞦韆に立って見ると、自らの足元に、はっきりと鞦韆の影を目にすることはできる。立ち漕ぎを始めれば、鞦韆の影はその振幅に応じて長くなっているはずだ。と上五、中七と言葉の流れに沿って句を読み進めながら、ふと軽い違和感。

顧みれば、鞦韆を漕ぐときに私の目に入ってくるのは、何をおいてもまず空。そしてその下に、大きく揺れる船から見たように浮き沈みする、公園と、街。鞦韆の影を目にするのは、鞦韆が最も後ろに上がり切って、地に向き合う一瞬ぐらいしかない。

そう思って読み直せば、この句には、作中主体とは別の、鞦韆を勢い良く漕ぐ人の姿が浮かび上がってくる。より速く、より高く漕げば、鞦韆の影はその長さをより一層増す。書き手はそこで「彼」に命ずる、跳べ!跳んでその影を解き放て!と。
(「彼」は、書き手が自らを客体化して描いたものとも読める。)

鞦韆の句でありながら、あくまで地に映じた影を描き切る書きようからは、幾許かの屈折とともに、地の一点を見続ける書き手の粘り強さが窺われる。この粘り強さは、句末における躍動を、より大きくするための溜めとなっているように思う。

身近な風景、生活の中の風景、それもハイライト的でない場面であっても、粘り強く見続けていくことによって、その中から新たな光を見出してゆく。

野に高き低きありけり青き踏む
打水の水とどまりて流れけり

『新撰21』収録の百句を通読して、この書き手については粘り強さということを強く感じた。



『新撰21 21世紀に出現した21人の新人たち』
筑紫磐井・対馬康子・高山れおな(編)・邑書林

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