2010-01-31

田中裕明のふしぎな句 テキスト

田中裕明のふしぎな句  100句  

『山信』

新聞紙破れ鬼灯赤くなる

口の中ねばつく烏瓜ひとつ

我知らぬ人より母が柿もらひ

末枯に屈みゐる人大きな穴

口笛や沈む木に蝌蚪のりてゐし

かき氷食ひ桔梗の花を見る

嬉しくもなき甘茶仏見てゐたり

濯ぎものたまりて山に毛蟲満つ

鳥の影急にふえたる添水かな

『花間一壺』

天道蟲宵の電車の明るくて

悉く全集にあり衣被

穴惑ばらの刺繍を身につけて

川風に吹かれてなみだ鶏頭も

雨安居大きな鳥が松のうへ

筍を抱へてあれば池に雨

のうぜんの花のかるさに頼みごと

田草取る僧侶の鼻のうかみ出て

冬山に土龍の齢たづねけり

卓上のそらいろにして水の春

薄闇へ湯をこぼしゆく櫻かな

夏木立ましらのごとくひた濡れて

あかるさに太鼓打ちあふ蓼の花

玉子酒降らざる雨を聞くここち

厄落あをきもの欲しほしと思ふ

鳥威すこし話をして消えぬ

渚にて金澤のこと菊のこと

生前のこと蓼の花咲きしこと

柳散る夜もうるはし上京は

まひるまも倉橋山の枇杷の花

月の出の魂消しことに蕪かな

狐火や何をみどりと問はれても

『櫻姫譚』

夢はじめ松葉を匂ふほど積みて

橙のいはゆる贋の記憶かな

金沢は余寒といへるあをい空

亀鳴くや花は剪られて捨てられて

豊の秋けむりたちまち家をつつみ

贋作の青空冬の来るらし

冬景色なり何人で見てゐても

遅き日の手にうつくしき海の草

いつのまに家鴨のこども杜若

夏空や何かなしうてからすうり

落鮎はむらさきの木のなかをゆく

糸つけて空にあげみむ秋の人

煙突がすこしむかしの春の山

菜の花のきのふの雪は嘘なりし

春の海魚と鳥と寝るならば

水仙のすでに重さのなかりけり

櫻見てゐてもう遅櫻のはなし

巨き人の寝顔のごとき初凪か

主人より頭ふたつ高き冬の人

浮寝鳥までの雨粒神のには

いま置いて十年前の蕨籠

蟷螂の眠りをねむる赤子かな

『先生から手紙』

水遊びする子をながく見てありぬ

蕎麦屋にて青水無月と思ひけり

櫻見て静かな顔をしてをりぬ

磯巾着は引力を感じをり

冬ぬくし土龍の穴に語りかけ

にんげんの大きな頭木の実降る

涸るる水さらに蘭の葉ひろびろと

大人より子供の淋し竹の秋

人生に小鳥来ることすくなしや

末枯やカレー南蛮鴨南蛮

走る人みるみる遠し麦の秋

手を振るは別れのしぐさ豆の花

巻貝に蓋あるあはれ朧月

暗幕の向うあかるし鳥の恋

挨拶のをはりの拍手葱畑

日英に同盟ありし水の秋

汚れたる瓜の冷してありにけり

沈丁の花に見られて仕事かな

菜の花や中学校に昼と夜

海亀を捕へて放つ祭あり

月くらし鯖街道に向く窓は

人間は約束をして山笑ふ

ゑがくには菠薐草の暗けれど

ちちははの近くに落葉拾ひけり

麦笛を見てその音色かんがへる

鍵穴の大きく棗あかあかと

蓼の花玩具はすぐに暗くなる

瀧を見る最も若き家族かな

夜は鵜に昼の眠りは海亀に

とほり抜け夏の瀬戸物屋は長し

目の前の菜の花だけに雪降れり

『夜の客人』

ぼうふらやつくづく我の人嫌ひ

一身に心がひとつ烏瓜

枯蓮やまなこあかるき海の鳥

さびしいぞ八十八夜の踏切は

星月夜十年待つと伝言して

ぼんやりと晴れて爽波の忌と思ふ

こころよく薺の花のふえてをり

指先の赤くて地虫出でにけり

春の暮土星つめたき輪を思ひ

大半の月光踏めば水ではないか

櫻守しづかなることしてをりし

法師蝉見知らぬ夜の客人と

『夜の客人』以降

草の花その全量をもて眠る

蜂の仔の翌なき秋と思ひけり

冬空やもとよりうすき佛の目

冬空や口の中なる糸切歯



(上田信治 撰)

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