2010-02-14

〔新撰21の一句〕谷雄介の一句 小川春休

〔新撰21の一句〕谷雄介の一句
状況と矛盾する美……小川春休


屏風もて運ぶ草生す屍かな  谷雄介

「草生す屍」は、軍歌『海ゆかば』中のフレーズとして有名。『海ゆかば』は太平洋戦争期、ラジオ放送の戦果発表(大本営発表)が玉砕を伝える際に必ず冒頭曲として流された歌とのことだが、私自身、実際に耳にしたことはない。

さて、この「草生す屍」、一体どこへ運ばれていくのか。恐らくは、荼毘に付されるために、しかるべき場所へ運ばれていくのだろう。

それではなぜ、運ぶのに屏風を用いているのだろうか。屏風の装飾によって死者を荘厳するためか、いや、そうではないだろう。屏風の形状が、屍運びに適しているとの判断が下されたからに相違ない。そしてその判断の背景として、本来屍を運ぶのに適している担架等の備品が全然足りない、つまり担架よりも運ばれるべき死者の数の方が圧倒的に多い、死屍累々の様相が、見渡す限り広がっているのであろう(私の知る限りにおいては、戊辰戦争中の会津での戦いの後の、悲惨極まる状況がこれに符合するようだ)。

その光景は国の滅びの姿であり、そこでは屏風が身近にあるような生活も破壊されてしまっている。さらに言えば、屏風を愛でる美意識も破壊されているのである。

戦争の実態としては、上記のような状況であることは理解できる。しかし、純粋にビジュアルとして脳裏に浮かぶのは、草生す屍を載せ金色に輝く屏風。そこに状況と矛盾する美が存在することを、認めざるを得ない。

先生の背後にきのこぐも綺麗

この先生と生徒も、数秒後には吹っ飛ばされて「草生す屍」に、いや、人間らしい形など全く残らず肉片となってしまうのかもしれないが、句の中にはあくまでも「きのこぐも」の美があっけらかんと提示されているばかりだ。

これらの句に描かれた美と破壊との矛盾・衝突は、戦争についての様々な想いを喚起する。書き手の表現への意志とイマジネーションの強靭さを感じさせる句であると思う。




邑書林ホームページで も購入可能。

1 コメント:

小川 春休 さんのコメント...

申し訳ありませんが、誤字を発見してしまいましたので、可能であれば、修正をお願いします。
三段落目の最後の方の「符号」は、正しくは「符合」です。
何度か読み返してから出稿したのですが、見落としておりました。