2010-03-14

〔新撰21の一句〕中本真人の一句 北大路翼

〔新撰21の一句〕中本真人の一句
屁ひり名人……北大路翼


夜廻りの囲みて起す酔つ払ひ  中本真人

中本真人は屁ひり名人である。
それもすかしの名人で、すーとひって匂いだけをかすかに残す。
僕のように人前で憚ることなく勢いよくやるのではなく、見合いの席で女が軽く腰を浮かせてひるようなしたたかさだ。

屁というものは不思議なもので、ひり方によって音も匂いも変る。
この微妙な尻の穴の絞り具合が、俳句で言えば季題であり定型なのであろう。

中本真人のいう「余計な言葉を削ぎ落とし、単純化すること」とはズバリ屁の無臭化だ。

ところが無臭化は気体にはできても固体(or液体)には難しい。

なまはげの指の結婚指輪かな
遠足を離れて教師煙草吸ふ
落第の一人の異義もなく決まる
赤い羽根お礼の声も揃ひたる

どうやら人事が「実」に近いものであるらしい。
結婚指輪のなまはげ、煙草を吸う教師、落第の会議、声の揃う募金の子、そして冒頭句の酔っ払い。
人間が出て来ると途端に生臭くなる。
そしてそれは隠そうとするからこそ強烈に匂う。
失敗したすかしっ屁の匂いは皆さんもご存知の通りだろう。

名人だからこそひりそこねた屁に価値がある。
その強烈な匂いに僕は驚かされる。

込み上げて来たるくさめに顔ゆがむ

ほらね。またすかした。






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