2010-03-21

〔新撰21の一句〕藤田哲史の一句 広渡敬雄

〔新撰21の一句〕藤田哲史の一句 
結社に入るということ……広渡敬雄

  煙草にほへど火のつくまへや夏夕  藤田哲史

煙草の匂いを、火の点くまえと限定した視点の句は皆無だし、その繊細な感性に加え、夏のむっとする夕べを日常の一齣としての詩まで高める力は、並ではない。

上五を七字の字余りで詠み出し、且つ下五の「夏夕べ」を意識的に、視覚的にも不安定な「夏夕」としている。

二十歳そこそこの青年のアンニュイと読み得るし、現代の空気も感じられなくもない。

中七はやや古風に「や」切り。

但し「新撰21」の百句中、中七の「や」切りが11句もあり、冒頭で「定型と切れには気を使っているが、あとは作句の最中には考えない」と述べていることから、確信犯な作り方でもあろう。

藤田哲史と初めて会ったのは、三年前の春の超結社句会だった。

兼題十句を出句するものだが、二十歳にも満たない年齢での句の完成度、レベルの高さに、大いに衝撃を受けたことを覚えている。

耕すや山を越すべくほそる川

春宵や果実の中に果実置き

水平に差す春光や茶は緑

天井に当たる光りや春の航       (以上平成19年3月)

卵殻の散ばつてゐる白牡丹

鏡見てすぐかほ洗ふ目借時

あをあをとフェンスのとほき夏景色  (以上平成19年4月)

下五の転換の妙は、綿密に諮ったものではなく、一種の直感的に落とし所を知っている感がした。それを含めて忬情性が、どことなく田中裕明の三十歳台後半の平明さの中の詩性豊かな雰囲気に似ているなとも漠然と思った。

その年(平成19年)秋に入会した「澤」誌上で、主宰小澤實が「藤田君は大学生、『澤』新人の鮮烈なデビュー作」と絶賛したのは、20年2月号《きつつきや缶のかたちのコンビーフ》。

その後の三回の巻頭句でも、小澤をして完璧な出来と言わしめた。

波多野爽波が、田中裕明を「青」新人賞に推挙し、第一句集「山信」で「二十歳という年限で区切れば勝負あった」と脱帽させたものに似た感慨を、主宰小澤實も藤田に対して瞬時に持ったのではなかろうか。

「新撰21」には、藤田自身、田中裕明を意識したような句《新緑にまた大学の鬱然と》《京に住む大学生や綿を育て》がある。

昭和54年、「青」新人賞受賞:師波多野爽波 56歳、田中裕明 20歳。

平成21年、「澤」新人賞受賞:師小澤 實  54歳、藤田哲史 21歳。

そういう経緯もあり、「新撰21」の彼の作品を関心を持って読み始めた。

そして、やや当てのはずれた奇妙な印象が広がっていった。

上記七句が一句も掲載されていなかったからである。

百句に選抜する過程で、いくらかの句が外されるのであれば、理解しうるが、少なくとも上記七句程の相応なレベルの句が全て外されていることは、明らかに彼自身の何らかの強い意志があるのではないかと思い、彼が入会したであろう月から見当をつけ、時系列的に「澤」を繙いてみた。

年譜によると平成15年の高校1年(16歳)から、「俳句甲子園」を契機に俳句を始めたとあり、平成18年には東大学生俳句会に入るとあるから、平成19年秋の「澤」への入会も熟慮の上の判断だと思う。

いつの時代でも、若手同士の横断的なつながりは強く深い。

が、現在の若手俳人の「結社」への考え方は、「新撰21」の俳人も含めて大方否定的で、己自身を信じて研鑽する独自路線か、これという私淑の俳人に師事するやり方が主流のようだ。結社に拘束されるの嫌うとともに、以前と異なりネット上で自由に作品を発表しうるからでもあり、さらに言えば現在の結社が魅力ないからであろう。

筆者が20年前に入った「沖」は、能村登四郎、林翔のもと小澤克己、能村研三、筑紫磐井、中原道夫、正木ゆう子、鎌倉佐弓等々のきら星の様な若手が、常に鈴木鷹夫、吉田汀史、大牧広、今瀬剛一等の実力中堅作家と熾烈に巻頭を争っていたが、そのような熱気のある結社は、現時点では見つけ出すことが難しい。

若手が結社に目を向けるとした場合、①主宰の魅力、並びに当然のことながら、その作品への傾倒 ②同世代の若手の数とその活躍状況 ③自分の句を認めてくれるかどうかではなかろうか。

筆者が敢えて加えるとすれば、その結社に良い意味での懐の深い大人(たいじん)や実力ある中堅俳人が多くいて、彼らとの阿ることのない真剣勝負の作品、価値観のぶつけあいが出来る環境があるかということである。

そういう観点からみると、彼の選択した「澤」は小澤主宰への強い信頼のもと実力ある中堅と若手同士が切磋琢磨している数少ない結社のひとつであり、栄猿丸、相子智恵、山口珠央等々兄事する否ライバルとなるべき俳人も多い。

昨年12月の「新撰21」シンポジウム3で中本真人の「今回の100句、私は師選を仰いだが、皆さんは?」との問いかけに対し、三人ほどがイエスの挙手。

その中に藤田が入っていたかどうかを、筆者は確認出来なかったが、「はじかれるのがいやで、師(小澤實)に見せずにとっておく句もある」との師小澤の目の前での発言は、会場を沸かせていたのを記憶している。

とすると、筆者が初対面の時に衝撃を受けた句は、師の選に漏れたか、または敢えて見せなかったか句であろうか。

藤田本人に確認していないので、定かではない。

彼が「新撰21」百句の師選を受けたかどうか、定かではないものの、少なくとも後半の句の大半は「澤」誌上で巻頭の三句、毎月号の主宰選「澤40句」に推薦された句も含め「澤」への投句分であるから、実質的には主宰の選を得たものと言えよう。

それらの句は、当然とは言え、師ならびに既に確固として存在する「澤」風ともいうべき匂いのする句が多い。それこそ「結社」に入ることだから諾なるかな。

小論で栄猿丸が述べるように、俳句の伝統的情緒や技法をきちんと消化してうえで「現代の素材」のみならず「現代の空気」を描かんする「澤」の一つのテーマに則して、藤田も「現代」と対峙していると言っても過言でもあるまい。

耕すや山を越すべくほそる川

さりげないが意味深長な句。

たまたま「澤」入会の半年前に読まれたこの句に、結社に入る、彼のさりげないが並々ならぬ意志が読み取れると解するのは、あくまでも筆者の深読みだろう。

根底には、ふるさとの原風景があるのかも知れない。

昨年7月の「澤」新人賞受賞の言葉で「寒いときでも『冷や』」「生姜のすりおろしがないと冷奴を食べない」「大根のおろしがないと鯖の焼物は食べない」等々のこだわりを述べている。

俳句に対する彼のささやかながら揺るぎない強い意志が小気味良い。

「澤」に入会して丸三年を迎えた藤田は、引続き師を信じて刺激ある先輩と更なる切磋琢磨をし続けるだろう。

それは、これから将来にわたって俳壇で確固たる地位を確立するためにも不可欠な充電期間となるだろう。「新撰21」等の若手俳人との横断的交流を維持しながらも、「澤」をコアとする創作活動で、藤田が今後どう変わっていくのか目が離せない。

いずれにしろ大いに期待される若手俳人であることに、疑いの余地はあるまい。






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