2010-03-14

商店街放浪記30 鶴橋本通り商店街 〔前篇〕

商店街放浪記30
鶴橋本通り商店街 〔前篇〕

小池康生


鶴橋という地名は、鶴が舞い降りる橋があったことに由来しているのだが、実際の鶴橋の街は、日の沈まぬうちから駅のプラットホームにまで焼き肉の匂いが充 満する。

近鉄電車の扉が開くと車内の奥にまで焼き肉 の匂いが入り込み、居眠りをしていても、
『あっ、鶴橋や・・・』
と目が覚めるほどである。

近鉄は高架の駅。そのさらに上にはJR環状線の鶴橋駅がある。近鉄とJRはクロスするように重なり、それぞれのガード下には、焼き肉店、韓国料理店、キムチ店、チヂミ店、モツ 鍋の店などが密集し、各店舗の煙や匂いが強烈に充満する。

韓国や朝鮮料理の店ばかりが並んでいると思われているようだが、それは大きな誤解で、卸売市場があり鮮魚 も売られているし、人気のイタリア料理店が食材を仕入れに来たりしている。
鮨屋もあるし、たこ焼き屋もお好み焼屋もあるし、鰹や昆布も売っている。

チョゴリも売っているが、日本の着物店もある。

どこにでもある日本の街の一角に、どこにもない日本の 街が存在するのだ。

元々は、戦後の闇市だった。
それも在日外国人の集う市。今もその名残がそ こかしこにあり、複雑に入り組んで畳鰯のように連なる商店街は、違う時代に迷いこんだようなわくわく感がある。

商店街というと一本の商店街を浮かべがちだが、この鶴 橋界隈はゾーンとして店が集合している。天王寺、東成、生野の3区にまたがる地域、甲子園球場2つ分のスペースに、何百もの店舗が犇めきあっているのだ。

さて、今回は、路地裏荒縄会である。

立春を一週間近く過ぎた二月の某日。
いつも通り夕刻に待ち合わせる。

コーディネーターは、赤レンガさんである。
デザイナーで、赤レンガの建築物をまとめた 本や、ガーデンニングの本をだしたりする女性だが、この赤レンガさんが、鶴橋を選んできた。
なかなか意外性がある。まずはお手並み拝見である。

集合場所は、JR鶴橋駅西口改札駅。18:30。
わたしはいつものように早めに行き、小雨の 街をうろうろする。

まず、JRの西側、<鶴橋西商店街>というゾーンをう ろつく。
ここが全国 的に鶴橋焼き肉街として知られているところ。鶴橋入門編のような地域である。

夕方、まだ明るい時間、ご婦人の小グループがご機嫌にできあがり焼肉店を出てくる場面を目撃した。食事を 終え、見送りに出てきた店の人を大声でからかっている。

亭主は仕事先でワンコインの昼食を摂る間、主婦はゆったりと高級フレンチを愉しんでいると言われて久しい が、フレンチだけでなく焼肉というおじさん文化も主婦に浸食されているのかと、熟女パワーに圧倒され、同時に、いつに間に焼肉がここまで一般的なものに なったのかと、ここ20、30年の大阪の映像を頭の中で巻き戻す。それに しても、日の暮れかぬるうちからご機嫌さんで素晴らしいことである。鶴橋は、韓国人には日常でも、日本人には、ハレの街だなぁと感じる。あの主婦グループ が日本人だか韓国人だかは知らないが。

その焼肉ゾーンの次に、今度は、<高麗市場>という ゾーンを散策する。
皆 と合流する前に、キムチを買っておきたかったのである。

キムチ店は、鶴橋のあちらこちらに存在するが、<高麗市場>は迫力が違う。アーケードはあるにはあるが、 露天商である。

建物としての店舗はなく、ガード下に店の陳列の棚を 設け、そこにキムチが並ぶ。商店街の両脇に、そのような店がぎっしり並ぶ。鮮魚店も混じるが、キムチや韓国料理に使う魚を扱っているようだ。
短い商店街だが、迫力がある。

私のお目当ては、このアーケードを抜けて西に折れたと ころの店。
ここに は、キャベツのキムチがある。
読者諸兄の大半は、見たことも聞いたことも食べたこともないキムチでありましょうが、これが実に旨い。白ご飯三杯はいける。 そんな旨いものがどうして世間に知られないのか。それは、キャベツのキムチを作ろうとしても水分が出てうまくいかないらしい。しかし、この店は、それを見 事にキムチ化することに成功した店なのだ。一袋500円なり。エゴマのキムチも買う。500円。

さて、いい時間になってきたので、待ち合わせ場所に向かう。
JR鶴橋駅西口改札あたり。ちょうど、さきほどの焼肉タウンの入り口あたりである。小腹が減ってきた。少し待つと赤レンガさん、 そのあと、筆ペンさんと九条DXがやってくる。ペーパーさんは、遅刻との連絡が入る。
今年初めての路地裏荒縄会のスタートである。

赤レンガさんは、東側に向かって歩き出す。
「今日は、鶴橋本通り商店街というところ と、御幸通り商店街に行きます」
通りの名前を言われてもどこがどこだかは分からない。
大阪に住むそこそこの年齢の大人たちだから、皆それぞれに鶴橋体験はあるだろうが、この複雑な街の通り の名前が頭に入っている人は少ないだろう。

いつも通り、ちんたらちんたら、街を語りながら歩 く。
アーケードの 下、色々な店がある。
肉 屋、ホルモン屋、豚足豚耳、ブティック、ジーンズ、韓流スターのブロマイドやグッズを扱う店、鮮魚、韓国居酒屋、干物、菓子屋、果物、ジュエリー、衣料雑 貨、下着、靴、鞄、布団、毛糸etc.

道はどこも狭く、古く、戦後闇市にアーケードを乗せたのではないかというようなところがある。壁に張られた掲示板も、どうみ ても戦中戦後のものが残されている。建築物やそれに付随する“いにしえ物件”が大好物な荒縄会の面々は立ち止まっては、看板や壁に顔を近づける。
この商店街、“営業活動を行っている昭和の 博物館”というイメージがしてくる。

ただ、時間が時間だ。
卸売市場の方は、閉まっている店が多い。
西側の焼肉ゾーンが夜に活気を見せる商店街 だとすると、東側は、朝昼に賑わうゾーン。商店街のなかでも東から日がのぼるという構成が面白い。

東が朝昼の街とは言ったが、全部が閉まっているわけで はなく、色々な店があいていて、これはこれで面白い。

人がやっとすれ違えるようなスペースにどれだけの店が並んでいるのか。ディープという言葉は、この鶴橋の ためにあるようなものだ。東京人をこの中で置き去りにすると、きっと迷子になり戻ってこられないだろうしかし、食い物は豊富なので死にはしない。この畳鰯 のような、毛細血管のような商店街に、東京人をひとりふたり放り込み、そのままほったらかしにしたい衝動にかられる。ここで吟行をやろうかしらん。


東へ東へ進み、<鶴橋本通り商店街>に辿りついた。
卸売市場は知っていたが、その近く南北に伸 びる長い商店街を知らなかった。
というよりは、ここから南に進んだことはなかった。

何度もきていた界隈だが、今回、まったく知らないゾーンへ足を踏み込むことになった。


春雨や人住みて煙壁を洩る    蕪村
                       (続く)


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