2010-03-07

おしゃべりな風 絵本と川柳 山田ゆみ葉

おしゃべりな風 絵本と川柳

山田ゆみ葉


○月○日『ゆうれいのおきゃくさま』(作:三田村信行)

『きつねのクリーニングや』シリーズのどの紙芝居も子どもたちに受けるのに、ネット書店で調べると、絶版のままというのが、とても残念。是非再販して欲しい紙芝居です。お話だけならフォア文庫でまとめて読めるけれども、やっぱり紙芝居で読んでやりたいので。お話として面白いし、きつねの夫婦の人の良さが楽しい。

『ゆうれいのおきゃくさま』では、気のいいクリーニング屋に、ゆうれいが洗濯物を持ち込みます。

まず読んでみたのが小学校1年生。青い火の玉とともにゆうれい登場の場面で、1年生が凍って固まって、それでも目を離せないという有様でした。その真剣な表情を見てしまうと、おかしくておかしくて、ついつい笑いが漏れてしまったほど。う~む。読み手が、怖い話で笑ってしまうのは、やっぱり修行の足りませんなあ(>_<)……反省。 読み終えて「怖かった人」と聞くと、3分の2ほどの手が上がりました。やっぱりね。笑わせるのも、怖がらせるのも、泣かせるのも、読み手にとっての快感であるのは、言うまでもありませぬ。 続いて2年生にも読んでみた。2年生は、1年生ほどは怖がらなかったけれど、3人ほどが「怖かった」と手を上げてくれたし、また、「この紙芝居を貸し出ししてほしい」と言う子がいるほど受けました。 3年生はさほど怖がりませぬが、1年生のときに読んだ、別の『きつねのクリーニングや』をちゃんと覚えてくれていたのが、うれしかったっす。

   オネショしたことなどみんな卵とじ (広瀬ちえみ)



○月○日『おじいちゃんがおばけになったわけ』(文・キム・フォップス・オーカソン、絵・エヴァ・エリクソン、訳・菱木晃子)

子どもたちも、「死」に対する関心は高い。だから、絵本でも読み物でも死を取り上げたものは、けっこう多い。

エリックも、死んでしまったじいじ(この訳は気に入らない)のことが気にかかる。「じいじは天使になるの」とママは言う。パパは「土になるんだよ」と言う。そんなエリックのところへ、そのじいじがおばけになって現われ、この世に忘れ物があると言う。その忘れ物をじいじと一緒に探すエリック。忘れ物を三晩かけて見つけたじいじは、メッセージを残して、闇へ消えていく。

さてさて、その忘れ物とは?いつものように、本屋で立ち読みをして、答えを確かめてくだされ。

ところで、少し前に読んだのは、『なきすぎてはいけない』(作・内田麟太郎 絵・たかすかずみ)。

こちらも、死んでしまったおじいちゃんから孫へのメッセージという絵本である。表紙のような日本的な風景と日本的な叙情が、美しく切ない。

しかし、『おじいちゃんがおばけになったわけ』は、デンマークの絵本なので、カラッとしている。夜中じゅう、じいじと忘れ物が何かを探して睡眠不足になったエリックに、パパやママが「じいじが死んでショックだったのね。学校は休みなさい」など勘違いする場面は、ユーモアすら漂う。

また、どちらも、祖父と孫の二人で過ごした思い出の場面が次々と出てくるのだが、日本はしっとりと叙情的で、一方デンマークは、やはりユーモアがある。

この違いは、じっとりじめじめねっとりの梅雨がある日本の風土とか美意識とか死生観とかにあるんだろ~な~。死生観の違いは、『ずっとずっとだいすきだよ』(作・ハンス・ウィへアム 訳・久山太市)と『さよならチワオ』(作・なりゆきわかこ 絵・津金愛子)の時も感じたのだが、そのどちらに共感するかは、人それぞれだろうな~。

   詰めてください次々死者が参ります (佐藤みさ子)



○月○日『ぼくんちに、マツイヒデキ!?』(監修・広岡勲 作・あさのますみ 絵・飯野和好)

自力優勝を逃した阪神(ぼくんち)に、ヤンキースから松井秀喜が入団する、な~んて都合のいい話ではありまっしぇ~ん。

いやいや、都合のいい話かもしれませぬ。なんせ外で遊べない雨の日に、ヤンキースの試合をテレビ観戦していたら、ボールを追いかけていたマツイが、テレビを抜け出してぼくんちで外野フライをキャッチする、そこから話が始まるんですもん。野球少年にとって、夢のような設定であります。

まず、その題名からして、表紙絵からして、子どもを惹きつけるのがうれしい。(読み手にとって、これほど楽なことはありませぬ)

なぜか野球やサッカーのチームに入っている少年たちは、どちらかといえば、そうでない少年より読書を楽しめない子が多い。たぶん、体を動かす方が好きなので、じっと座ることが苦手なのではないかしらん?だから、スポーツ少年が楽しめる本を探すのが、なかなか難しい。

でも、この絵本は、そんなスポーツ好き少年もちょっと手に取ってみようか、という気にさせてくれます。

ためしに2年生に読んでみたら、楽しんでくれました。

外野フライをキャッチした際に、ぼくんちの部屋の中を荒らしてしまったマツイ。倒れた花瓶で濡れたから、と一緒にお風呂に入れば、188cm104kgのマツイではお湯がこぼれて、なくなってしまう。その失敗が子どもたちをニコニコさせます。そして、そのお詫びにとおにぎりを作ってくれるマツイ・・・ここで、ボソボソと「また失敗するで」と予想する子どもの声が聞こえる。そして、その予想通り、おにぎりは強い力でガチガチに握ったから、固くて食べられない。「やっぱりなあ」と納得の声を上げてました。

そのマツイが面目を保つのは、ブーンとバットを一振りして、雨を吹き飛ばしてしまう場面。「すげえ~」とか「ありえな~い」とか言いながら、羨ましそうな子どもたち。ちゅうことで、めでたしめでたしで終わりました。

さて、手に取ってくれなかった例外は、4年生の野球少年。休み時間にとしょかんへ姿を見せてくれたとき、「どう?」と勧めてみましたが、彼は、「オレはイチローの方がエエ」と、にべもありませぬ。ちっ。

しかし、この絵本は、マツイだから成り立つのであって、イチローのキャラでは、笑う展開にはならないでしょう。飯野和好さんの濃い絵柄も、松井だからぴったり!で、イチローでは、合わないでしょう。

ちなみに、イチローの絵本は、『イチローへの手紙』(作・ジーン・D・オキモト 絵・ダグ・キース 訳・吉池幹太)があります。

友だちとけんかをしてしまったヘンリーが、球場で「日本から来た二人の野球選手を、アメリカの野球場で応援することになるなんて、おじいちゃんが軍隊にいた頃には夢にも思わなかったよ。」というおじいちゃんの戦争中の思い出話を聞きながら、「許す」ことを学ぶまでを描く絵本。この絵本も、やはりイチローのキャラだから、成立するのでしょうか。この絵本は、文字も小さく、内容も中学年・高学年向きです。

    獣顔のまま鳥顔に会いにゆく (小池正博)



○月○日『アボカドあかちゃん』(作・ジョン・バーニンガム 訳・青山南)

以前にこの紙芝居『アボカドあかちゃん』(絵本では『アボカド・ベイビー』)を読み聞かせしたとき、まだアボカドを知らない子が多かったので、今回は実物のアボカドを持参した。

今回も、アボカドを知っている子は、1年も2年も半数くらい。まだまだ市民権を得られないアボカドです。しかし、1年生の一人が、「あのな、サシミみたいにして食べるねん。醤油とわさびで」というシブイことを言ってくれた。きっとご両親は左党なのだろう。

さて、体が丈夫ではない一家、ハーグレイブさんちの赤ちゃんは、あれもイヤ、これもイヤとやはり食が細い。でも、ある日果物籠の中に置かれていたひとつのアボカド(誰も買っていない、というのが胡散臭いが)を食べた赤ちゃん、めっぽう強くなる。ベビーチェアのベルトはちぎるし、ベビーベッドの柵まで持ち上げてしまうし、あげくは、ハーグレイブさんちに進入した泥棒まで、ほうきを振り上げて撃退してしまう。そんな赤ちゃんのありえない強さの場面のたびに、1・2年生の笑い声が沸き起こる。読み終われば、「最強や」というつぶやきも聞こえてくる。また、アボカドにも興味シンシンで、触りたがる子、食べたがる子が次々出て来た。

おまけは、アボカドのレシピ。同居人は、アボカドを縦に二つ割にし、包丁の先で突いて、固い種を抜き、スプーンで掬い取って、千切り大根や薄切りトマトと盛り合わせ、ドレッシング(和風でも洋風でもよい)をかけるだけ。また、水切りした豆腐を賽の目切りにしたものやプチトマトと盛り合わせるのも、彩りよくきれいである。

ちょっと凝りたい場合は、茹でて冷ましたむきエビと盛り合わせて、タルタルソース(みじん切りの玉葱と刻んだゆで卵に塩コショウ・酢・マヨネーズを混ぜ合わす)を上にかける。

もちろん、シブイ1年生のように、わさび醤油もOK。これは、ちゃんと回転寿司のメニューにもあるそうで、一説によれば、マグロのような味だそうな。私には、別物の味に思えるのだが、人の味覚は多様だから、あれこれ言いますまい。

   あいまいでいいと豆腐は思ってる (石田柊馬)



○月○日『だるまさんの』(作・かがくいひろし)

だるまさんの表情が、なんとも言えまへん。そしてカワイイ♪

そして表紙を開くと、このだるまさんが、「だ、る、ま、さ、ん、の」の一文字ごとに片足ずつ四股を踏んでおりまする。次のページを開くと、眼鏡を取っただるまさんの大きな目が飛び出して、「め」!!
次のページを開くと、またも「だ、る、ま、さ、ん、の」の一文字ごとに片足ずつ四股を。今度は、何かな?とワクワクしちゃいまする~。

まず2年生に読んでみた。

「だ、る、ま、さ、ん、の」の3回目を読むと、自然発生的に2年生も声を合わせてくれた。そして、読み終えた後の休み時間には、廊下から、「だ、る、ま、さ、ん、の、」「手っ!」の声まで聞こえてきた。おお~っ、ノリのいい2年生だこと。

次は、1年生。

1年生は、予想通り、だるまさんの四股に合わせて、上半身を揺らせながら声も揃えてくれた。そして、「だ、る、ま、さ、ん、の」と言い合いながら教室へ帰っていった。

3年生には、赤ちゃん絵本と銘打ってあるので、当初読むつもりはなかったんだけれど、1・2年生の反応の良さに気を良くしたのと、チャイムまでに3分ほど余ったのとで、試しに読んでみた。3年生でも、ノリがいい。

しかも、読み終わった後で、高学年の読み物まで読みこなす、しっかりモンの女子2人が、「この本のシリーズは、どこに置いてあるの?」と聞きにきた。残念ながら、「ごめんね。この本は、京都の図書館の本やねん」と謝ったのだが、うっとこのとしょかんにも、常備しなくっちゃ。

そして、今日の勤務を終えたら、学童保育のお帰り時間とかち合った。その時、2年生の女子が、「先生、お話しするの、上手やなあ」と声をかけてくれた。「ありがとう。褒めてくれて嬉しいよ」と答えたけれど、う~ん、2年生に褒められても、ねえ……。

帰宅してその話をすると、同居人は、「あの絵本には、枝雀言うところの『緊張と緩和』がある」と分析してくれた。なるほど。「だ、る、ま、さ、ん、の」で、次は何かな?とだんだん緊張が高まり、「目っ!」で緩和が訪れる。その繰り返しが続く。リズム感もいい。そんなところが、どうやら子どもたちに受けたようである。

このだるまさんシリーズには、他にも『だるまさんが』『だるまさんと』が、ありまする。大人は、本屋で立ち読みしてくだされ。お子さんやお孫さんには、プレゼントしてくだされ。受けること、まちがいナシ!

    もっともっともっとだるまさん揺する (畑美樹)


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