2010-04-18

オーロラ吟行 第3日 マイナス30℃でチェナ温泉に入る 〔前篇〕 猫髭

オーロラ吟行
第3日 マイナス30℃でチェナ温泉に入る 〔前篇

……猫髭 (文・写真


2010年3月8日(月):チェナ温泉日和

フェアバンクス二日目のアサ~♪(懐かしの谷岡ヤスジ調)。
今朝はもう温度計は華氏だとわかっているので日の出前で、マイナス31℃。風がないので、それほど寒いとは感じない。大気のキッパリ感が清冽という顔面体感であり、現に一度もエスキモーのような格好をした住民を目にしていない。Tシャツでうろうろする猛者がいるくらいである。これは極寒地の住宅が、モール街や空港も含めて、ビルとビルの間もスカイウォークで繋がっており、極力外気に触れない暮らしになっているためだ。だから、マンハッタンのような大都会のほうがマイナス5℃くらいでも、地下鉄などの換気口から鋪道に湯気が猛然と立ち上るのを見ると、寒いと感じる。

さて、今日はお約束のチェナ温泉の露天風呂で混浴の日である。嬉しくて猫さん朝もはよから目が覚めた、なんてえことは、ない。夕べも三時頃まで騒いでいたが、日の出前にはシッコで目が覚めただけの老人タイムである。まあ、あと4、5時間は皆起きてこないだろうと、先ずはドライブ中のBGM作りと食事の準備を始めることにする。

先ずは食前酒のサングリアを作り始める。サングリアというのはスペインの果実酒で、赤ワインにフルーツを切って入れたものである。40年ほど前に渋谷のセンター街に「ビストロ・ド・ハナ」というフランス家庭料理の店があり、新宿の「アカシア」の白いロール・キャベツと並んで赤のロール・キャベツとして人気店だった。学生でも入れる安さでおいしいので、いつも混んでたが、渋谷の再開発とともに消えた。そこの食前酒がサングリアだった。エスカルゴ、スペアリブなど、皆この店で覚えた。「アカシア」は今でもあるが「ハナ」はもうないとはかなんでいたら、東急線のM駅に、オーナーの妹さん御夫婦が「ビストロ・プティ・ハナ」という名前で小さな店を出していた。早速、動物句会で「小さな花のようなレストラン吟行」を敢行、昔と同じ味に再会した。どうしてこんなにおいしいのに宣伝しないのと聞いたら御夫妻は二人だけの店なので、近所の常連さんだけでいいんですと慎ましい。でも、昔の味を覚えて訪ねてきてくれて嬉しいと、サングリアの作り方を教えてくれたのである。

作り方は簡単で猫でもできる。赤ワインにレモン、オレンジ、リンゴ、グレープフルーツを入れて漬けるだけである。コツは二つ。ひとつは安ワインを使うこと。高いのダメよ。で、昨日、540円で買ってきたオーストラリア産イエロー・テイルの黄色ラベルをどばどば。オーガニックのフルーツをよく洗って皮ごと四つ切にして放り込む。もうひとつのコツはシナモン・スティックを一本入れることである。これが大人の香りを醸し出す。ラップして冷蔵庫へ。夜には飲めます。三日目ぐらい寝かせると媚薬のような艶のある渋みが出て来る。この店のサングリアを飲んで恋に落ちたカップルは星の数ほどあるだろう。

お次は、サルサ・デ・ホマドーロ。トマト・ソースである。なんだ、トマト・ソースか、と言うなかれ。なんだ、がもうひとつ付いて、ナンダナンダこの味は!と驚くうまさで、これを食べておいしくて涙を流した女もいたくらいの、なんだなんだであるよ。夏に作ると太陽の味がするが、フレッド・マイヤーのオーガニック・トマトが大きくて熟していたので、これは極寒地でも行けるかもしれないと思った。これも作り方はそれほど難しくない。ラタトゥーユと似ているが、違いは煮込み時間ともうひと手間だけである。

厚手の大きな鍋に、湯剥きしたトマトを5、6個適当に切って入れる。玉葱を一個スライスして入れる。先ずこれだけで中火にかけると、トマトから水分が出て、ぐつぐつ言い出す。杓文字で潰してどろどろにする。ここまで15分くらいかな。そこへ、季節の野菜を適当に切って入れて、バジルの葉っぱを10枚、イタリアン・パセリを茎ごと3本、後は弱火で30分煮るとラタトゥーユ。3時間煮込むとサルサ・デ・ホマドーロ。

さすがに3時間煮込んだら焦げ付くでしょう。焦げ付かない。ここがひと手間のコツになる。ヴァージン・エクストラ・オリーブオイルをコップに一杯どば~っと入れるのである。玉葱と野菜の甘みとトマトの酸味とバジルの渋みをオリーブオイルが絶妙に溶け合わせる魔法の味となる。

今回、わたくしがフェアバンクスで仕入れた野菜は、ズッキーニ(輪切り)、茄子(アメリカのは皮が硬いので剥いて輪切り)、真赤なパプリカ(角切り)。これは潰さないでラタトゥーユのように形を残して味わう方が見た目もおいしい。あとは乾燥トマトと乾燥ポルティーニ(イタリアの松茸と言われる茸)をぬるま湯で戻して、食べやすい大きさに切って入れる。ことこと2時間。絶対にやってはいけないこと。水は一滴も入れてはいけない。味付け無用。トマトを中心とした野菜をまとめあげるバジルとオリーブオイルの力を味わう。夏に作ると、夏ばて知らずである。

スパゲッティにかけても、パーティ・クッキーに乗せても、パンに乗せても、肉料理、魚料理にかけても万能のソースとなる。猫さんホラは拭くけどウソつかない、キモサベ(インディアン語で「友よ」)。

サラダは女性陣がなんとかするだろうと、チェナ温泉往復2時間のBGM作りを始める。猫髭BGMは哀愁のジャズである。フェアバンクスは北極まで160キロと白銀の世界で、100年ちょい前まではロシア領だったとかで、北欧系の哀愁のジャズと、ロシア出身の美人ジャズ歌手ソフィ・ミルマンを中心にコンピレーションCDを作る。アメリカはジャズの本場なので、実は猫さん自然には全然興味ないが(よくそれで俳句やってるよと狂流ちゃんに先週も呆れられたが、だから動物句会は神社仏閣公園にはほとんど吟行に行かないのよ)、アメリカ人にジャズ・アニマルと呼ばれるほどのクレイジー・キャットなので、国内外の行く先々でジャズ・バーだけは豆に回る。

居間にサラウンド・システムがあるので、パソコンで作ったコンピCDを聞きながら、トマトソースを煮ていると、ぞろぞろ皆起きて来た。

朝寝して匂ふサルサ・デ・ポマドーロ りん

さあさあ、オカミサンたち、朝飯ランチの時間だよ。サラダ作ってよ。
ドレッシングはどうしようか?サザン?イタリアン?卵はサニーサイド?スクランブル?何か交通事故起こしそう。女三人寄ればかしまし娘。

ええい、わしが間を取りましょう。サラダはルッコラが多いからこうしよう。りんさんはポーチ・ド・エッグ作ってよ。大君はイングリッシュ・スタイルのかりかりベーコン作って、油敷かないでそのままベーコンの脂で炒めてね。中の君はサラダ盛り合わせて。わし、オリーブオイルとバルサミコ酢と塩胡椒でドレッシング作るから。

りんさん、一個目は黄身が流れてしまったが、だんだん良くなる法華の太鼓で、なかなか綺麗なポーチ・ド・エッグ。熱湯で生卵をきっかり1分間茹でるだけだが、お湯に泳いで白身がばらけたり、黄身が破れたりするので、新鮮な卵でないと作りづらいが、これがルッコラに合うのね。
これこれ、大君はなんでベーコン微塵切りにしちゃうのよ。一枚そのままソテーしてカリカリにするのが英国式だよ。ま、いいか。味は同じだから。

サラダの上にドレッシングをかけてふんわり混ぜ合わせ、そこにベーコンを乗せて、ポーチ・ド・エッグを上に乗せて、黄身を崩して、からめて食べる。

フレッシュなオレンジ・ジュースに、ヨーグルトにはブルーベリーを散らし、サングリアを作った残りのフルーツを盛って、酒麹パンを焼いて、いただきまあす。おお、昨日の源泉の水も、チェーサー代わりに。

ポーチ・ド・エッグとろり崩れて春の朝 千鶴羽

ポーチ・ド・エッグ・ベーコン・ルッコラ・サラダ好評♪
合うのよねえ、この温泉卵みたいなポーチ・ド・エッグがルッコラには。ベーコンは塩豚(豚バラ肉の塊を塩胡椒して冷蔵庫で一週間寝かす)を作ってね、これをスライスしてかりかりにするともっとおいしい。
サルサ・デ・ポマドーロをアラスカ・パンに乗せて食べてみて。
猫さんがオリーブオイルをコップ一杯入れるって言うから油ギトギトだと思ったけど、全然そんな感じしないし、もの凄く深い味とりんさん目がうるうる。

さあ、姐さんがた、お昼は過ぎたぜ。いよいよ混浴の露天風呂大会じゃあ。ヌーディスト・クラブじゃないから水着着用である。と言われても水着なんて、もう云十年着たことねえど。あったけど、このメタボ腹が入るかいな。中の君は学生時代の水着を持ってきたという。多分、彼女だけは見た目もそのまんまで云十年を過ごしたんだろうなと誰もが納得。大君はもう泳ぐことなんかないから買っても今日一日温泉入るだけに買うのもとためらっているうちに、今日この日が来てしまったと言う。極寒地のフェアバンクスで水着を買うなんて、エスキモーから冷蔵庫買うくらい難しいんでないの。

スポーツ・ショップがあるからそこへ行けば売ってるよと、りんさんが言うので、じゃあ、買いに行こうと、フレッドマイヤーのそばのスポーツショップに出かける。これがまたでかい。探したが広過ぎてわからんので、店員に聞くと、水着?ここは常夏のハワイじゃねえぞ。いや兄い、それは重々存じ上げて御座候。そこを枉げてお尋ね申す。あ、売ってるとこ思い出した。おお、フロリダだとか冗談言ったら、ケツメドから手え突っ込んで奥歯ガタガタ言わせるど。ここで寒い冗談言うとほんと凍死するきに、売ってるのはフレッド・マイヤーです、いや、ほんとの話。恐るべし、フレッド・マイヤー!

りんさんが入り口のフィッシング情報を見て、カウンターでライセンスが買えるか聞いている。こちらは釣をするときはフィッシング・ライセンスが必要で、どこでも釣竿を垂らす日本とは大違い、自然保護が徹底している。サーモンを釣るのもそうである。りんさんは年会費を払っていると言う。張り紙を見ると、ありました、チェナ湖。ほお、鱒が釣れるとある。写真もある。うわあ、でかい。日本の鱒の倍はあるなあ。一匹釣れれば四人で十分という大きさ。明日釣れたら、アルミホイルに玉葱敷いて、そこに塩胡椒した鱒入れて、お腹にマッシュルームを詰めてさ、白ワインかけて蒸して、醤油ちょびっと垂らして食うとうまいよと、釣る前から取らぬ狸の猫談義。

りんさんが、帰って来てライセンスもフレッド・マイヤーだって。釣竿とか仕掛けとかはここだろう。いや、それもフレッド・マイヤーだって。恐るべし、フレッド・マイヤー。売ってねえもんあんのか。


フレッド・マイヤーに行くと、上を見ると確かにアパレルと書いた一角がある。これまた食料品コーナーと同じくらい広い。水着もあるある。40$。3600円くらい。デザインもまあまあで、大君は水色のツー・ピース型を買う。大人の女性物の服売場に来たのが生まれて初めての猫さん、珍しいのなんの。ズロース売場から梃子でも動かないかというと、女性物のサンダル売場に御執心。おめえ靴フェチかよ。んだ。見よ、このカラフルなビーチ・サンダルの数々を。


でも、フェアバンクスでビーチ・サンダル履いたら、あっと言う間に凍傷になるぜ。誰が買うんだろう。どこで履くんだろう。フェアバンクス七不思議。

ついでに、そろそろ味噌汁でも食いたくなるだろうからと、茸汁でも作ろうかと味噌と茸と米をカートへ入れる。勿論、猫髭御用達のドクター・ペッパーも。風呂上りに飲むとこれがまた、しゅわああっと、ドクター・ペッパー!♪

ドクター・ペッパー買物籠へ猫の夫 りん

あ、大君がまたタオル買ってる。温泉用か。にしては多過ぎる。お土産に配るのにもいいかなと思って。昨日も同じようなこと聞いたような。

やはらかなタオル抱へて春の宵 りん

レジのそばに自己申告制のような無人レジがあったので、りんさんに聞くと、やはりセルフレジだと言う。好奇心の強い猫、りんさんに見本を見せてもらった。商品はバーコードをスキャンし、野菜は重さを測る。ここまで客を信じることが出来るなんて、なんという性善説の文化!と感動したら、誤魔化される被害よりも、店員の打ち間違いのミスの方が統計取ったら億単位ででかいんだってさ。そう言えば、どのレジもトロイの木馬。


さあ、水着も買った、ドクター・ペッパーも買った、タオルも買った、あとはチェナ温泉へレッツラゴン!

既に15:00。空を見ると、雪雲が覆っている。チェナ温泉道路に下りると、果たして雪が降り始めた。だんだん雪が激しくなってくる。雪はパウダー・スノーだから車の風に飛ばされて積もらずに、波のように道路をあとからあとからあとからあとから前の車を追うように流れてゆく。雪の風紋である。車とすれ違うと風紋が立ち上がり、渦巻き、雪煙で視界が真っ白に閉ざされる。なお~ん、なお~ん、なお~んという猫の鳴声が切なく車内を満たしてゆく。


湧くごとく雪の風紋チェナ・ロード 猫髭

もはや我々の生活の中心にどかんと鎮座する貴方なしでは生きていけないフレッド・マイヤーからチェナ温泉まで、50キロくらいだから、小一時間と言ったところか。というのは地図の上だけの話。雪が波のように打ち寄せて綺麗♪などと喜んでいるのは最初のうちだけ。しばらく走ると、風紋が動かない。凍っているのである。ほんまに風呂へ行く道これ?


雪煙をヘッドライトの近づき来 りん

アメリカの道路は国土が広いせいもあるだろうが、路面状況は日本ほど整備されていないし、街灯もまばらである。街灯?車にヘッドライトあるじゃん、てな感じ。55マイル(約80キロ)が大体制限速度だが、我々以外は100kmオーバーで猛烈な雪煙を立てながら我々を追い抜いてゆく。あ、あれ犬橇の車と、追い抜いたトラックをりんさんが指す。


車の荷台に小さな犬小屋を二段に積んでハスキー犬を積めるようになっている。

最初は見上げるような樹林に囲まれていたが、徐々に樹の丈が低くなって来て、荒涼として来る。この辺は地面が凍っているから、木が根を張れなくて低いのよねとりんさん。ツンドラ(凍原)なのと聞くと、アラスカではツンドラというと木も生えなくて、夏に苔と植物くらいが生える氷の原野だから、ツンドラとは言わないわね、強いて言えば、凍土かな。なるほど、原住民化したりんさんならではの御高説。来てみないとわからんは。

凍土や大地に低き岳樺
 薫子

凍土の雪と氷の地にも人が住んでいるのか、ぽつぽつとカラフルなポストが雪の中に立っていて、林の向うの雪野原には家の灯りも見える。走るうちにポストは疎らになり、やがて固まって雪の中に並ぶ。郵便屋さんもポストを固め置かないと配達に苦労するからだろう。


雪原やたつきの煙ふかれたる 薫子



ポストマン雪に膝折り来たるなり 猫髭

もう一時間以上走っているが、殺伐とした雪景色で、両側の木々も倒木が増えてくる。オーロラハウスを下りて来る道にも岳樺の倒木はあったが、ここほどではない。降り積もった雪の重さで木が折れる「雪折れ」ではなく、樹木の中の水分が低温で凍結して膨張し、大音響の破裂音とともに樹幹に裂け目が出来る「凍裂」と言うが、ここはさらに氷の風が凍裂木をへし折るのだ。こんなとこで裸になって露天風呂入るのお。チンチン霜焼どこじゃすまないよお。

おかしいなあ、この道真直ぐ行った突き当りにチェナ温泉があるはずなんだけどねえ、とりんさん。なんなら暗くならないうちに引き返してもいいよお、と弱気な猫さん。あれ、何かしら。行き止まりじゃないのお。ENDって出てるよ。工事中みたい。木が組んであって、何か上に書いてある。

CHENA HOT SPRINGS RESORT.

着いたあ!♪ 


(後編につづく)

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