素十あらためて100句
『初鴉』
秋風やくわらんと鳴りし幡の鈴
春月や東京近き汽車の窓
離れ間の明け放ちある遅日かな
秋晴や草にすき入る蝶のかげ
雪だるま笑福亭の門前に
鰯雲はなやぐ月のあたりかな
夕空や日のあたりゐる凧一つ
汐干岩一つ離れて波の中
打水や萩より落ちし子かまきり
雨晴れてちりぢりにある金魚かな漂へる手袋のある運河かな
弘法寺の坂下り来れば鶏合
朴の花暫くありて風渡る
蟻地獄松風を聞くばかりなり
落葉道みづうみ見えて下りかな
また一人遠くの芦を刈りはじむ
揚羽蝶おいらん草にぶら下る
朝顔の双葉のどこか濡れゐたる
風吹いて蝶々迅く飛びにけり
甘草の芽のとび/\のひとならび
蕗の薹ほうけてをりて緑かな
ゆれ合へる甘茶の杓をとりにけり
月見草のつぼみのさきに花粉かな
鶏頭の紙をむすびてあるもあり
火曜日は手紙のつく日冬籠
翅わつててんとう虫の飛びいづる
雪片のつれ立ちてくる深空かな
野に出れば人みなやさし桃の花
種物屋隠元豆はうすぼこり
いちめんに鈴蘭の葉の立ちならび
夕霰枝にあたりて白さかな
ついて行く大きな男橇のあと
桔梗の花の中よりくもの糸
白浪やうちひろがりて月明り
つぎつぎと茗荷の花の出て白き
金亀子胡瓜の花を半分に
ばら/\に飛んで向ふへ初鴉
大榾をかへせば裏は一面火
芽をふいて低きところの一枝かな
顔を出すバケツの水の濁り鮒
端居してたゞ居る父の恐ろしき
くもの糸一すぢよぎる百合の前
泡のびて一動きしぬ薄氷
屋根替の一人下り来て庭通る
ひつぱれる糸まつすぐや甲虫
食べてゐる牛の口より蓼の花
緑陰に笯をつり下げし百姓家
稲舟の突き放されて進みくる
太藺田の方へ曲つて行く男
蝶歩く百日草の花の上
三日月の沈む弥彦の裏は海
田の上に春の月ある御社
春草に仰向けに置く子守傘
神垣や忽ち雪の降り出でし
苗代に落ち一塊の畦の土
木犀の香や純白の犬二匹
凧の糸二すぢよぎる伽藍かな
雪山の前の煙の動かざる
枯蔓に雪柔らかにひっかかり
『雪片 』
天道虫だましの中の天道虫
自動車のとまりしところ冬の山
雪の上くぼみ/\て落葉あり
牡丹のこと何年も前のこと
門前にあをあをと海花御堂
海の藻の花さく頃の五六月
刀豆を振ればかたかたかたかたと
『野花集』
見えてゐる一丘陵や秋の雨
一山を歩きて茸は六つほど
空をゆく一とかたまりの花吹雪
志文芸になし更衣
ふるさとの喜雨の山王村役場
大枯木より大枯木まで十歩
枯蔓のところどころに日の当り
残雪に現はれし石雪をのせ
たんぽぽのサラダの話野の話
大梅雨の茫茫と沼らしきもの
〈桐の葉〉
この空を蛇ひつさげて雉子とぶと
菜の花の咲くところまで来て話
美しき蟹あり酒を温むる
冬枯の二つの堤こゝに合ふ
〈芹〉
岩にのる石蓴を引きて次の波
日輪の上を流るる冬の水
一本の冬木の幹の斜なる
僧も亦驚く田螺一面に
沈丁の葉に一氷片を見る
とかげの手人の手に似て石に置く
桑の実の一つは黒し他は赤し
三人の斜めの顔や祭笛
手にとりてしみじみ青し蠅叩
月明の手のひらの親指のかげ
一日は全く無聊蝶の飛ぶ
片側に花二三本ありし坂
スケートは小説よりも面白し
何となく月の空ある庵かな
秋蝶の人のうしろに美しき
苗床の中の胡瓜の苗に花
菜飯噴く昔々の昔かな
我去れば沛然と喜雨到るべし
水馬水に生まれて花曇
悉く茎立つものは茎立ちし
午からの風にてんたう虫もとぶ
我これを南瓜の苗と思ふなり
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2010-05-16
テキスト版 髙野素十あらためて100句
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