オー ロラ吟行
第4日 チェナ湖でアイスフィッシング 〔前篇〕 ……猫髭 (文・ 写真)
2010年3月9日(火):本当のアラスカの寒さ
朝日の如く爽やかに、猫爺だけ目ざめると、ぺろっと顔を猫洗いしてからテラスへ出てアラスカの-30℃の冷気を吸いながら一服。煙草はキャメル・メンソールD-spec。萩原朔太郎の詩に、『贈物にそへて』という詩があり、
兵隊どもの列の中には
性分のわるいものが居たので
たぶん標的の圖星をはづした
銃殺された男が
夢のなかで息をふきかへしたときに
空にはさみしいなみだがながれてゐた。
『これはさういふ種類の煙草です』
というものだが、この煙草はわたくしにとってはそういう種類の煙草である。メンソールは出始めの頃、吸うとインポになると言われたが、今はただ小便をするだけの蛇口かな、だから心置きなく吸える。体調が悪いと煙草がまずくなるから、わたくしにとっては煙草は健康のバロメーターであり、「馬鹿は風邪ひかない+煙草」がわたくしの健康の源と言っていい。「酒は百薬の長」なので、もとより拒むいわれはない。空気がうまいと煙草もうまい。水がうまいと酒がうまいのと同じだな、「下戸の知らぬ水のうまさよ」と言うが、煙草飲みにしかわからない空気のうまさよ、などとほざきながら、爆睡中の奥方たちのために、限りなく昼飯に近い朝飯の準備。と言っても、サルサ・デ・ポマドーロにことこと火を通すだけだが、これが日毎に味を深めるのである。
今日はチェナ湖にアイスフィッシング。氷結した榛名湖で湖に穴を開けて公魚釣をしたことはあるが、今日は大型のアラスカの鱒釣である。鱒釣は奥多摩で何度か釣ったし、料理もしたことがあるので、逗子の小坪の海釣が専門とはいえ、川や湖の淡水魚もまかせてチョンマゲ。魚の嫌いな猫はいない。
モーニング・ランチも済ませて、チェナ湖に直行、かというと何はともあれフレッド・マイヤーで、釣具の調達とフィッシング・ライセンスの購入である。シンデレラとスパイダーマンのバス・フィッシング用釣竿に、餌はサーモンの生の切り身とワーム型ルアーを買い揃え、フィッシング・ライセンス20$を購入。アメリカでは釣はライセンスが必要で、何月何日どこで誰が釣るかを申告する。サーモンやハリバット(オヒョウ)といった大型の魚は大きさや数量制限もあるそうな。りんさんは年間ライセンスを持っている。受付のブラック兄いが、チェナ湖と言うと、いつ行くのと聞くので今日と言うと、今からか、もう15時だぜと驚いたような顔をしてから、あきらかにアホかいなとヘヘッと鼻でせせら笑って、グッドラック。なんか意味深で気になるなあ、あの肩をすくめる外人特有のジェスチュアーは。
りんさんにここからどのくらいと聞くと、30分くらいとのこと。ナビゲーションが方向音痴の猫だから、倍かかると見て、着くのは夕方の4時か。まあ、一匹釣れば十分な大きさだろうと、隣町のノース・ポール(北極)へ向かう。勿論町の名前で、本物の北極ではない。が、限りなく北極に近い。リチャードソン・ハイウェイを走っていると馬鹿でかいサンタクロースの人形が見えた。サンタさんの家だそうな。入る?うんにゃ。クリスマスにゃ早過ぎる。
あたり一面雪野原だから、チェナ川は凍っているし、湖もどこだかわからない。
チェナ川の土手の向こうかと聳え立つ雪の壁を見ながら、外灯もないし夜来るとこじゃないねえ。STOPの表札がなけりゃ激突しそう。
何度かUターンを繰り返し、地元の人に道を聞いて、到着しました、チェナ・レイク。集魚灯で夜釣をするのでなければ、普通釣は日の出とともに始めるから、人っ子一人いない。
とりあえず、猫髭斥候隊。表札を見ると、確かにここで間違いない。湖に、と言っても御覧の通り雪原にしか見えないが、とことこ下りて行くと、焚火の跡のそばにフィッシングの穴発見、と同時に身の毛もよだつ風が吹いて来て、猫髭氷の彫刻完成!さぶ~!!!慌てて総入歯をカスタネットの如く打ち鳴らしながら車に戻ると、全員フル装備!の号令をかける。何だろうこの形容しがたい、体がぎゅうぎゅう捩れてフリーズドライ人間になるような寒さは。靴は防寒靴を履いてきたが、ジャージーにユニクロのコートを羽織っただけで、これで外出は今までノー・プロブレムだったのに、毛を剥かれた因幡の白兎どころか、冷凍チキンになったような気分のおでん。防寒着に着替えて、全員宇宙飛行からただいま帰還致しましたという格好になって、やっと落ち着いた。奥方陣はフェースマスクを着用。フィッシング用の穴を四人で探すと、あ、ここにもあると結構あるので、間違いなくここで昼間は釣をしていたのだろう。
焚火の燃え残りの枝で穴を突っつくが、感触から言って猫力で割れる厚さではない。あえなく断念。冷蔵庫にはまだキング・サーモンのでかいのがあるからいいか、って、オヤジ鱒釣るんじゃなかったの。これか、フレッド・マイヤーの店員があきれてたのは。後で聞いたら1メートルは氷が張るから機械で穴を開けるそうな。そう言えば、小型のボーリングが売っていたので、何かと思ったらアイス・フィッシング用の穴開け機か。
よし、そんなら雪合戦して雪兎や雪達磨を作って遊ぼうと、雪を掬えば、これが雪合戦の雪玉が作れない。水分がほとんどないスノー・パウダーだから砂のように手からこぼれてしまうのである。
空を見ると、沈む日が雲に当たってハレーションを起こし、縦に虹がかかったようになっている。ふと気づくと、眼鏡が体温で曇るほど寒いのに、吐く息が白くない。フェアバンクス最終便で到着した夜は、外に出ると蒸気機関車のように盛大に白い息を吹き出したものだが、チェナ湖はそれ以上に寒いというのに、息が白くならない。空気が綺麗過ぎて塵がないために息が塵にぶつかって白くならないのである。大気の汚染されていない極寒地はならではの、いや、ほんとの話。
(つづく)
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