2010-06-06

オーロラ吟行 第6日 オーロラ宴会 〔前篇〕 猫髭

オー ロラ吟行
第6日 オーロラ宴会 〔前篇〕  …… 猫髭 (文・ 写真)


2010年3月11日(金):りん&猫髭アラスカン・レストラン

フェアバンクス最後の朝。ベッドから降りようとして、足が縺れて、腰が花咲爺さん。どうも、昨日の犬橇が足腰に来たらしい。ベランダに出て積雪を確認。降っていれば犬橇のロングコース、降っていなければ中止だが、快晴で雲ひとつない、ええ天気。気温マイナス25℃。昨日より9℃暖かいことになるが、深呼吸すると「しんしんと肺碧きまで」冷凍庫。

昨日の犬橇で奥方たちもアドレナリンを出し尽くしたのだろう、朝は寝床でグーグーグー、ゲゲゲの女房トリオである。明朝5時にはオーロラハウスを出て空港に向かうから、冷蔵庫にあるものは今日中にお腹に収めようと、とりあえず、「ポテ」を作る。豚ばら肉を塩胡椒してラップで包み、冷蔵庫で一週間熟成させた塩豚を、玉葱やキャベツやセロリと煮込むだけである。牛肉や鶏肉を使う「ポトフ」の塩豚版でフランス料理だが、塩豚はイタリア料理で使うパンチェッタ(生ベーコン)のようなもので、好みの厚さにスライスしてベーコンの代わりに使うと、ポーチ・ド・エッグを乗せたルッコラ・サラダに合うし、卵の黄身で作るカルボナーラも、この塩豚を使うとベーコンよりも柔らかく、味がふくよかになる。とはいえ、アメリカ人は脂身を食べないので、豚ばら肉というのがフレッドマイヤーには売っていない。どかんとザ・肉!という感じで恐ろしく安い値段で一山いくらという感じで売られているので、スペアリブに近い骨付きの肉を買って仕込んでおいたものだ。

人参や大根やドギーバックのステーキなども残っているので、ついでに皆ぶち込んでことこと煮詰める。塩豚の塩味だけで十分おいしいスープになるが、ブイヨンをひとつ入れるとコクが出る。今回はフーリガンの焼いた奴を出汁にした。醤油を少々隠し味にして出来上がり。ラーメンのスープにも使える万能アラスカ・スープである。残ったら、カレー・ルーを落とせばおいしい欧風カレーに早替り。豚肉がとろとろになり、介護食にも日持ちするので打って付け。

やがて、匂いに釣られたのか、たっぷり寝たせいか、皆起きて来て、りんさんは早速パスカルさんに電話するが、やはり雪が足りず、中止となる。となると時間はたっぷりあるから、ではゆっくり朝飯を食おうかという段になるが、何と奥方様方のリクエストはご飯物が食べたいよお。和食でごじゃりまするか。

りんさんに冷蔵庫の中からご飯にあいそうな食材を出してもらうと、やはりサーモンで、まだキング・サーモンの半身が残っているし、スモークサーモンも筋子もたっぷりある。ご飯を炊けばそれで食べられるが、ここはアラスカならではの和食でないと、折角りんママとアンカレッジの仲間たちが海幸を用意してくれた心づくしに報いることは出来ないだろう。

りんさんの手作り食材がこれだけあるのだから、猫髭流アラスカ茶漬を創作しようと思い立った。ベースはサン・ノゼの行き付けの割烹「八町」の名物鮭茶漬である。秘伝の垂れ(わたくしには甘過ぎる)を小匙3杯、アラレのトッピングを3杯乗せて、山葵の上から八方出汁を掛けていただく。それを猫髭流でアレンジ。

オーブンで鮭の切身を、皮がぱりぱりになるまでりんさんにじっくり焼いてもらう。

大き目の茶碗に熱々のご飯を七分目ほど入れ平らに均し、大ぶりなスモーク・サーモンを三枚乗せる。山葵を付けたいが、キッチンを探しても無いから、代わりにケッパーを乗せる。海苔は大君が日本から持參したので、三枚立てかける。ここに出汁をそそぐのだが、鰹節も昆布も無いから、早朝から作って置いたポテ・スープをサーモンにかける。薄いピンクに色づいたところを掻っ込むと、まあ、おいしい。肉野菜のスープの滋味が意外の相性。ケッパーの酸味も效いている。ここまでが第一ステップ。


サーモンのサーモン色でありにけり りん

次にサーモンに筋子とケッパーを乘せてさらさらと。クー、親子丼のうまさよ。これが第二ステップ。


最後に、その上に、オーブンで皮がぱりぱりになるまでりんさんが焼いてくれた鮭を、なんと贅澤にも、その皮だけを剥がして裂いてトッピングしてさくさく。これが第三ステップ。


チェナ川の雪解の響き鮭茶漬 猫髭

いや、この鮭茶漬の変幻自在のうまさと言ったら、「りん&猫髭アラスカン・レストラン」を開業しようかと本気で思ったほどの出来映えだった。俳句と同じで、その場所でなければ授からない創作料理と言えるだろう。名づけて「アラスカ・サーモンのホップ・ステップ・ジャンプ茶漬」。

後日談だが、余りにもおいしかったので、帰国して近所のスーパーで食材を掻き集めて再現してみたが、アラスカで食べた味には遠く及ばなかった。俳句と同じで料理もまた一期一会なのだ。

デザートをどうしようかという話になって、昨日帰りがけに寄ったLuLu’sというベーグル屋さんのパンがあるので、これで「アップルパイ」ならぬ「アップルパン」を作ろうかと言うと、りんママはそれならあたしは「アップルパイ」を作るから、どっちがおいしいか勝負、勝負!と、腕まくりして張り切る。

わたくしの「アップルパン」は、週刊漫画誌「モーニング」連載のよしながふみ「きのう何食べた?」というゲイのカップルの料理漫画で覚えた。林檎をバターと砂糖で煮詰めてトーストに乗せ、アイスクリームを一匙乗せて食べる料理で、林檎を縦切りではなく輪切りにして、芯をお菓子の型抜きで丸く刳りぬいて、そこに庭の金柑を煮詰めて埋め込むというアレンジを施して、母の介護食にしていた。

金柑はアラスカにはないから、野生のブルーベリーとクランベリーを真ん中の穴に詰めることにする。バターと粗製糖に蜂蜜が冷蔵庫にあったので、これに林檎を輪切りにして中火で煮詰めると、林檎から水分が出て、水分が無くなったら出来上がりで、シナモンを振ってまぶして完成。アイスクリームは、これも昨日ベーグル屋の近所にあったおいしいアラスカ・アイスクリームのお店Hot Licks Homemade Ice Creamで買ったバニラ。
煮林檎の紅のにじみや春隣 りん

アップルパンはすぐ完成して、早速大君・中の君ご試食。ふたりとも顔中口にしてパックンチョ。結果は上々。熱々のアップルパンに冷たいバニラアイスクリームが溶け合い、これにブルーベリーとクランベリーの酸味が混ざり合って、満面の笑みが得られる一品であり、漫画も馬鹿にしたものではないのである。りんママもマイウ~♪

煮林檎のからむアイスクリームかな りん

りんママは生地作りもSilver Gulchのビール瓶で捏ね始めて本格的。勝負を挑むからには余程腕に自信ありと見た。中に入れるアップルパイはスライスして重ねるのではなく、ザク切りで、それを大きなタルトのトッピングのように生地の中に盛り合わせるようで、面白い作り方だなあと見ていると、どうも粘り気が気に入らないのか、水を注いだので、アッと思った。フルーツを煮詰める場合は絶対に水を加えてはいけないのである。案の定、りんママはオーブンで焼いた後、味見して、駄目だあと闘わずして降参。敗因は水だよね、とりんママ。んだ。

りんママ気をとりなおして、御のぼりさんを引率してフェアバンクスのダウンタウン観光に出発。なんと最終日になるまで、我々はダウンタウンに行ったことがなかったのである。東京見物に来て、高尾山に登りに行ったり、王子稲荷に狐火を見に行ったりしまくっていたようなもんで、浅草も東京タワーも新宿・袋・銀座・赤坂・六本木もお呼びじゃない、てなもんや三度笠。先ずはアラスカ・サーモンの加工工場「サンタの燻製屋」を見学。


古色蒼然とした入口をガタピシ入ると、お姉さんがいて、工場の中は燻製の装置は動いておらず、おっかない髭面の老人が手袋を外していたから、もう今日の燻製の仕事は終わったらしい。しかし、入口に陳列棚があって、ありとあらゆるスモーク・サーモンやソーセージ、ジャーキーが並んでいる。すべてここで燻製にしたもので、品数が多過ぎてどれがどれだかわからない。お姉さんが試食出来るわよと、カットしたスモーク・サーモンの試食の丸いケースを開けてくれるが、まあ、これも沢山種類があるので、一つ一つ試食して、皮と身の脂の乗り具合が何ともいえない鮭冬葉(さけとば)があったので、これなあに?とお姉さんに聞くと、わからないから聞いてくると、奥の強面の髭老人を連れて来る。棚の一番奥のチャンクだという。どうやら形の悪い余り物の鮭冬葉らしい。小さい紅鮭の燻製が20$するのに、これは大きいのが3本入ってたったの1.8$。ワオ♪こんなにうまくてこんなに安い。二つしかなかったので二つともゲット。土産物屋で高い金出すのが馬鹿らしくなる安さと旨さ。

ダウンタウンに入る前に、昨日立ち寄ったベーグル屋「ルル」とアイスクリーム屋「ホット・リックス」に寄る。店のデザインしたTシャツがクールだったので家族へのお土産である。シャツそのものは海外に作らせたものだが、プリントの絵柄が実にポップで、Tシャツはアメリカの文化そのものと言っていいだろう。

「ホット・リックス」はジョン・レノンもここのアイス・クリームを嘗めている写真が飾ってあったので、ついビートルズをデビュー当時から知っている猫爺としては贔屓にしてしまうが、ピロシキも種類があっておいしそうなので、オールド・スタイルのピロシキとチャイを頼む。アメリカが二束三文でアラスカを買い取る前、ここはロシア領だったので、食べ物や工芸品にロシアの面影があるのだ。ハンバーガーよりおいしい♪ シアトルでカム君と行って満員で飲めなかったチャイがママのりんさんと飲めて皆御満悦。


ピロシキの湯気まるまると冬帽子 りん

(つづく)