2010-06-13

オーロラ吟行 第6日 オーロラ宴会 〔後篇〕 猫髭

オー ロラ吟行
第6日 オーロラ宴会 〔後篇〕  …… 猫髭 (文・ 写真)


フェアバンクスのダウンタウンは、ゆるやかに蛇行するチェナ川に抱かれるように凍りついた小さな町で、チェナ川とエアポート・ウェイ間の東西12のアヴェニューと、東はスティース・エクスプレスウェイと西はカウレス・ストリートで区切られる4本くらいしか南北にストリートがない、車だと10分とかからずに一周出来る規模である。

川沿にグリフィン公園があり、そこから対岸の教会を見るポイントがゴールデン・スポットと呼ばれる。グリフィンとはギリシャ神話の上半身が鷲で下半身がライオンの怪物の王たる一種のキマイラだが、黄金を好み、巣穴に黄金を敷き詰めたとされる伝説から、ゴールド・ラッシュに沸いた町を守護する聖獣としての命名だろう。ハスキー犬を従えた家族の銅像が公園の中央に建っている。周りには、イルミネーションで雪だるまや鹿が作られている。対岸の極北の教会とはいかなる神様がおわしますのやらと教会へ。


教会の扉を開ける音の冴ゆ りん

イマキュリッツ・コンセンプション教会 は、1904年ゴールド・ラッシュ時代に建立された最初のカトリック教会。入口の上には、立像のマリア像が飾られている。フェアバンクスはゴールド・ラッシュの町として名高く、世界恐慌に全く影響されないほど繁栄を誇ったが、金が減少して衰退した。しかし、1968年北極海でアメリカ最大の油田が発見されるや、ゴールド・ラッシュを上回る発展を遂げ、今やオーロラ観光で俳句を詠みに来る酔狂者がいるほど観光産業も盛んである。

春寒の町を見下ろすマリア像 りん

教会の外には小さなマリア像がモニュメントのように置かれており、供えられた薔薇は瞬間冷凍されたように凍っていた。

薔薇凍つや白き花弁のすきとほり りん



川風が吹くと、雪女に卍固めをかけられたように凍てるので、馬ではなく車がつながれているゴールド・ラッシュ時代の町並みの香りを残す目抜き通りへ車で移動する。まだ明るい夕方の16:30とはいえ、金曜日の夜という週末の昂揚が通りに溢れ、なかなか車の空きが見つからず、隙間に縦列駐車を試みるが、いくら誘導しても、バックの幅寄せ駐車が出来ず、1ブロック長蛇の列が出来るほど交通を遮断してしまった。建物の中で見ていたのだろう、地元の人が出て来て、もう俺たちは出るからと空きスペースを作ってくれたので、何とか横を車が通れるだろうというところで妥協。アメリカの凄いところは、クラクションを鳴らして怒鳴る連中が一人もいないことで、みなおとなしくりんさんの駐車が終るを待っていた。りんさん、直進右折左折しか出来ないの?てへっ、わかる~?ばればれ。いいのいいの、アラスカ広いから、縦列駐車する必要滅多にないから。滅多にない経験をしたと喜ぶ前に、15分間の緊張と寒さで、猫爺ウォッシュ・ルームにダッシュ!

ゴールド・ラッシュ時代の当時を偲ばせる商店街はほとんどの店がクローズしていて(Winter Hours 11:30-16:30)、ウインドー・ショッピングするだけだったが、日本の花嫁人形(69.95$)が置いてあったり、ホット・ロッドのミニチュア・カーや三猿があったりと、異様にレトロで、キマイラのような不思議な一角だった。


(かわぶくろ)ゴールド・ラッシュありし町 りん



黄金に染まる壮大な夕焼が始まるダウンタウンを後にして、ヨハンセン・エクスプレスを走っていると、シアーズが道路沿いにあった。フレッド・マイヤーしか知らないから全米でも有数の大きなスーパーに寄ろうかとりんさんが言うので、アメリカの暮らしを見るのもいいかもしれないと、立ち寄って、馬鹿でかいキッチン・セットや冷蔵庫や芝刈機を見学していると、大君が見えない。まさかタオル買いに行ったわけじゃあるまいねえ、まさかと話していると、衣類のコーナーから大君がタオルを山と抱えて現れたので、絶句。デイリー・タオル・薫子の面目躍如である。

フレッド・マイヤーで酒を買い足して、いざ最後の晩餐へとオーロラハウスに戻る。日はとっぷりと暮れ、りん&猫髭アラスカン・レストラン開店の時間。

春灯ゆつくり部屋を満たしけり 千鶴羽(『暁』)

一品目は蛤の白ワイン蒸。浅蜊の酒蒸のようなものだが、西海岸で食べると鍋にてんこ盛りで鍋ごと出されて、安くておいしいので、昨日砂抜きしておいたクラムを、ニンニクの微塵切りを低温で炒めて香りを引き出して白ワインで蒸すのだが、問題は白ワインで、貝にはシャルドネが最適と言われるが、わたくしはシャルドネが酸っぱ過ぎて苦手なので、シアトルで教わったPinot Grigio のスーパーで大安売りのRobert Mondavi California 2008で作った。大当り!♪クラムの出汁とスープのハーモニーが絶妙で、パンにつけてもイケル。ロバート・モンダヴィはナパでは世界有数のワイナリーで、グラス一杯が安くて10$するので(普通はボトル10$から20$)、一度だけ行って試飲し、ボトル30$以上のワインは貧乏性の染み付いた舌には分不相応と、その先のセント・スペリーという10$台でおいしいワイナリーを贔屓にしていたが、その一大ブランドがなぜスーパーでも売る値段に落ちたかというと、創業者が死んでお家騒動が起こり、フランスの大手に買収されて本家は滅んだとか。しかし、10ドル以下でこの味なら猫舌には過分というものである。


蛤は食べきれないほどあるし、スープがおいしいので、スパゲッティも作る。浅蜊のスパゲッティ、ボンゴレ・ビアンコのクラム版である。白ワイン蒸のクラムの身を外して、茹でたスパゲッティと混ぜ、出汁を掛けまわしてスパゲッティに味を染み込ませ、ここに鷹の爪の代わりにフランクスのレッドホット・ソースを隠し味にからめて、イタリアン・パセリを散らす。粉チーズも好みで。タバスコには悪いが、このフランクスのレッドホット・バッファロー・ソースの出現によって、我が家からタバスコは消えた。

りんさんはキング・クラブの脚のクッキング。日本だったら一万円はくだらない大きさの物が16$くらい。蒸したものとオーブンで焼いたものと。どちらも口中にはちきれそうなほどぎゅうぎゅう濃厚なうまみが溢れる。

キング・クラブはアラスカでは蒸すか焼くかだと言うので、これほど新鮮でぶりぶりの食材を前にしては、何かもっといろいろ料理の工夫が出来ると思う。身を練って海老しんじょうのように揚げてもおいしそうだが、家庭料理は「早い、安い、おいしい」が基本なので、簡単に作れるアレンジにする。ベースは、サンフランシスコのゲイがぞろぞろ居るポーク・ストリートの「クラスタシアンCrustacean」というベトナム料理店の一品で、冬場が旬のダンジネス・クラブを大蒜と岩塩でまるごと一匹炒めるのが名物。これを、猫髭流にアレンジすることにした。

たっぷりのオリーブオイルで、ニンニクをこれも微塵切りでたっぷり炒めて、焼いたキング・クラブの脚を関節を切って、それぞれ切込みを入れ、これを強火で、フライパンを煽りながら塩胡椒でガーッと炒める。手掴みで豪快に食う料理で、この脂汁でスパゲッティをからめ、蟹味噌を加えて熱々で和えると、天使がそこら中を徘徊するほど、皆一言も口を聞かずに無心に食い続ける、蟹好きにはこたえられない食べ方である。蟹子が甲羅に詰っていたら、これもへぎとってからめると、それはそれはおいしい。りんさん、お気に入りの一品となった。


スープは、塩豚エトセトラのポテかポトフかわからない、ごった煮のスープ。フェンネルがあったので加えると香味が際立ち、とても有り合わせで作ったとは思えない滋味あるおいしさ。もう一度作れと言われても、何入れたか正確には思い出せないが、いいのである。塩胡椒して一週間熟成させた塩豚に、その土地土地の旬の野菜を入れて、ことこと煮てあげれば、それぞれの味で楽しめるのだから。残りをカレーにしようが、うどんにしようが、ラーメンにしようが、お気に召すまま。

さて、最後の締めのデザートはという段になり、りんさんが、わたしはリベンジする~、リベンジした~い!と、アントニオ猪木のように片手を上げて猛然と叫び出し、キッチンにダッシュするや、今朝失敗したアップルパイのパイ生地の底を細く短冊形に切りだした。周りのパイ皮を大き目に切り、これを舟にしてアイスを乗せ、アップルやブルーベリーやクランベリーを散らし、短冊形になったパイを立てかける。パイ生地はよく焼けているので、これを中身のアップルを取り出して、トッピングしようというものだ。

おいしいものは食べなくてもわかる。見事な「アラスカン・アップルパイ」の完成で~す。星三つ☆☆☆!!!


ひとつづつパイ皮ひねる春隣 りん

りんさんはアラスカの大地のように広々とアバウトだが、少年のように負けん気が強く、火の玉のようにバイタリティがあり、歌舞伎や文楽を見ては、おいおい泣く感激屋さんで、この一週間、彼女と一緒に暮して、どれだけ言葉には出来ないものを授かったか、計り知れないものがある。一言で言えば「まっつぐ」。裏が無い。顔に、全身に、きらきらと気持が詰っている。

魚は氷に上りて君とゐる不思議 千鶴羽(『暁』)

その夜は北斗七星が立って、あらゆる星が煌き、オーロラは、今までになく緑色が鮮やかで、星空を巻き上げるように満天に踊った。


その夜のオーロラ深く揺らぎたり 千鶴羽

無口な中の君が「これならオーロラを見たって、帰ってからみんなに言えるほど凄い!」と、何と17文字以上話している!オーロラの御蔭だろう。

椅子深く倒して星の降る中に 千鶴羽(『暁』)

正直、千鶴羽中の君と我々との俳句のレベルは、スカイツリーと平屋ほど違うので、句会をやると、同じ目にしたものをこう詠むのかと目から鱗がぼろぼろ落ちた。俳句を上達する一番の近道は優れた俳人と句会を重ねる事に尽きる。中の君は、三食朝寝付きで毎日予期せぬ出来事ばかりで楽しいと喜んでくれたが、多分、一番の恩恵を受けたのは残りの三人だろう。

明日の出発は早いから、寝る前に明日の支度を済ませてから寝るんだよと、それぞれの部屋に戻ったが、やがて大君がやって来て、猫髭さん、鞄が締まらないのよと言う。行ってみると、タオルで鞄が着膨れている。物事には限度という物があるだろうが。だって、買っちゃったんだもん。

乗つかつて締めるトランク蚯蚓鳴く 千鶴羽(『暁』)

こうして、我々の珍道中「オーロラ吟行」の最後の夜は、終わったのである。

オーロラや帰国の夜もみどりなす 猫髭
アラスカの風のにほひの花の種 薫子
友去つてこんなに青き冬の空 りん
帰り着く家は春夕焼けの中 千鶴羽


「オーロラ吟行記」畢

(写真*)オーロラの写真のみ観光に来た旅の人の御厚意に寄る。

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