2010-07-25

林田紀音夫全句集拾読 125 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
125




野口 裕



泥の軍靴の匂う皮革のメトロノーム

昭和四十四年、未発表句。どこかで偶然、皮革の匂いを嗅いだ。その匂いに軍靴を思い出し、メトロノームのように正確なリズムを刻みつつ雨の中を進んで行く行軍を思い出した。頭の中に住みついたメトロノームが鳴るたびに時間は過去へと遡る。というような句意だろうか。「泥の軍靴」に、紀音夫自身の軍隊体験を投影している。

 

チャルメラになまぐさい火の夜がくる

昭和四十四年、未発表句。なぜ、チャルメラなのか。深読みすれば、どうしても紀音夫の戦争体験に行き着く。しかし、深読みする前になにやらユーモラスな雰囲気が漂う。あの曲を連想するせいだ。胡弓では無理だろう。

ちなみに、明星チャルメラは昭和四一年、発売。

 

指紋のこるガラス銃身とつめたさ似て

昭和四十四年、未発表句。「銃身とつめたさ似て」に注目。皮膚感覚で戦争体験を語ることの少ない紀音夫には珍しい表現。前掲句の「なまぐさい」といい、戦争を念頭に置いた発表句では消えてしまった表現が散見される。

 

秒針の吹矢山火事濃く残り

昭和四十四年、未発表句。前後に関連した句なし。発表句に発展の形跡もない。したがって、山火事が直接の見聞に基づくものか、想像裡のものかの見当も付けようはない。

いずれにしても、秒針の吹矢が外界の危機に呼応した内的状況を伝えて巧みな措辞である。

 

解体のビル暖色の人体貼り

昭和四十四年、未発表句。ビル解体中の作業現場。寒々とした光景の中で、人が生き生きと働くところだけに暖かみを感じる。イタリア未来派の絵にありそうな光景だが、未来派ほどには全面的に肯定しにくい気分だろう。紀音夫の吹田操車場の句にも、そのような気分が流れていた。

吹矢の昼がビルの屋上にも溢れ

昭和四十四年、未発表句。この吹矢は、わかりにくい。前掲の吹矢の句をこねくり回すとこうなったか。

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