【週俳7月の俳句を読む】
炎天の物売りのあやうい処暑 …… 佐藤りえ
真夏に110句、くびすぢに汗して読ませていただきました。
水無月の影を売りたる男かな 秦 夕美
ほとゝぎす包丁塚の濡れゐたる
しんとした夜半の厨が思われる10句。ぴっちょん、という水音にさえ驚いてしまいそうな圧におののく。
〈水無月の影を売りたる男かな〉はうっかり乱歩の「押絵と旅する男」を想起してしまった。うっとうしい時期に汗を拭き拭き、しかし相好は崩さずに影を売り歩く男がいたら怖い。怖すぎる。
塚本邦雄という歌人にまさにそんな短歌がある。
はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋が遠き死を売りにくる 塚本邦雄
〈ほとゝぎす包丁塚の濡れゐたる〉もなんだかホラー読みをしてしまった。碑の包丁塚が濡れてる…って雨か露かお神酒か、と思えばいいものを(いいのか?)、…な、なぜ濡れてるんですかッ!?と目をひんむきたくなる。
ほととぎすの「動」と包丁塚の「静」の組み合わせがクるのだろうか。
鰭たたむ京王線の群衆よ 後藤貴子
トロピックな雰囲気が漂う不思議な10句。〈鰭たたむ京王線の群衆よ〉に膝をぽんとした。カメラを群衆から少し遠くに据えた感じ、このような距離感の句が私は好きだ。
京王線は八王子に向かうからなのか、乗ってると「お出かけ」感がする電車だ。通勤の足としてひどく混雑した車両に乗り合わせたこともあるのだがそのイメージは覆されなかった。
鰭を持ったひとびとが乗り降りするにふさわしい線だと思う。
白靴に砂を詰めるといふ遊び 小林苑を
好奇心の趣くままに瞳を大きく見開いてくりくりあたりを見回す少女。の、ような読後感(ってどんなだ)を抱いた10句。
少々昭和的なおてんばヒロインのイメージもあった。困らせてやるんだから、とか、つかまえてごらんなさーい!とか笑顔で言ってのける女性。
それってなんなのか、今なら多少の得心がいく。それって、本当に天真爛漫な「だけ」の行動じゃない。
白靴に砂を詰める。詰めても詰めてもこぼれてしまう。「遊び」の結句が刹那的な無為さをつきつける。季語のせいだけじゃなく、なんだかすごく夏な句だ。
長虫のまん中咥へ烏飛ぶ 寺澤一雄
雷神の実も蓋もなき姿かな
短夜の明けるや否や外に出よ
夏館木造にして平家建て
かんかん照りを帽子も日除けもなく、汗をぬぐいぬぐい歩く男の80句。
〈長虫のまん中咥へ烏飛ぶ〉
よう八っつぁん、見ねぇ、黒公のやつ、獲物くわえてけえってきてやがる。
ありゃあ蚯蚓か?
ああもどまんなかをくわえられちゃあ、逃げられやしねえな。
なんだか風に靡いて、糸こんにゃくみてえだな。
まったくだ。
〈雷神の実も蓋もなき姿かな〉
鬼のパンツは毛皮かもしれないが、風神雷神図をみて「みもふたもない」と言ってのける勇気は、私にはまだない。……ドリフのコント「雷神」を思い出したことは、黙っておこう。
〈短夜の明けるや否や外に出よ〉
夏の早起きといえばラジオ体操だが、ラジオ体操はかったるかったが早起きした夏の朝のおもむきはそれなりに好きだった。
昨日と今日がまざったような、昨日の熱がさめやらぬような、短い夜を過ごした頭がじんとするのも、嫌なことじゃなかった。
〈夏館木造にして平家建て〉
古い平屋の魅力を伝える、というコンセプトの「FLAT HOUSE STYLE」という雑誌があるらしい。「フラットハウス」、直訳といえばそうなんだけど、平屋をそんな目(フラットハウスだと思って)見たことがなかったので妙に感心してしまった。
木造にして平家建て。フラットハウス好きにはステキ献辞と受け取れてしまうかもしれない中七が、自分の目には少しのうんざり感をともなった感心の仕方に見えた。あるいは単なる傍観者とも。
なにしろ男はかんかん照りを長いこと歩いてきたのだ。汗をぬぐう額の奥の思惟がいくぶん朦朧としていても致し方あるまい。たとえば午睡の眠りに落ちるあたりとか、炎天下で見た景色とか、そういった朦朧さを内包している句に思えてしまったのだった。
■秦 夕美 厨にて 10句 ≫読む
■後藤貴子 バナナの黒子 10句 ≫読む
■小林苑を 潮騒 10句 ≫読む
■寺澤一雄 夏八十夜 80句 ≫読む
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2010-08-15
【週俳7月の俳句を読む】佐藤りえ
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