昨日の明日のレッスン
岩片仁次句集『虚邑残闕』を読みながら 高山れおな
序句
此の道や行く人なしに秋のクレーン
◆
何も見えない
太陽の
駅の
便所が遠い
◆
和名ヒトモドキ
甘し
とぞ
よく噛めば
◆
此岳尓(このをかに)
吹く
春風よ
虚子(いうれい)よ
◆
昇る子宮(こつぼ)と
沈む黒百合
叫ぶ
別れ
◆
波の秀(ほ)に
貴腐蝶
生まれ生まれて
瞑し
◆
日に
ちりちりと
神の陰毛
山毛欅林
◆
あぢさゐの
透け透けの
玉に
阿字ぞ浮く
◆
流木や
顔の
あたりが
純老人
◆
孤流木
時に
放屁し
旋回せり
◆
あをうみを
きてふが
染める
黄海海戦
◆
落花枝に
帰ると
見れば
言葉かな
◆
文學の森
ではなく
言葉の森
の
昼火事
◆
三ツ橋
四ツ橋
八ツ橋いづこ
真神いづこ
◆
よく光る
星や
女や
毀れて後
◆
エリカ様
百歳の
悪霊
かも知れず
◆
花眼(ホアイエン)にて
行く百花園
即
百鬼園
◆
古池や
どぶの息して
ホ句ひとつ
◆
赤紙
黄紙
青紙
遺書
の
黄金律
◆
大風呂敷を
ひらいてみれば
孤舟かな
◆
髙柳に縁(よ)りて
雲漢の魚
求めむと
◆
よく飛べり
紙蝙蝠の
兄弟は
◆
俳人の
人偏の
季は
問はぬなり
◆
川上に
ある日
虚子立つ
川下にも
◆
隠せど隠せど
虹の根
見えて
モザイクや
◆
兜太曰く
コレナン干(ひ)蝙蝠
煮テヨシ
炙リテヨシ
◆
初死暮れ
ギャルは
混み野に
干し毛せり
◆
蛇より長し
桃より丸し
白うるり
◆
くちなは色の
縷(る)となり天へ
夕焚火
◆
風草の
風の
相対死の
雲
◆
験者(げんざ)
晩年
雨こそ降らね
深き愛
◆
山の端の
夕光(ゆふかげ)
の
蛇を
測量せよ
◆
宝前(ひろまへ)を
みづから
測るや
長蛇尺
◆
木を鳴らす
魚の悲しみ
といふ風が
◆
川のこゑ
耳を聾せり
夢の浮橋
◆
秋の川
また
いつか
きつと
業務連絡
◆
虚無の魚に
速度の美あり
くそ
まりつゝ
◆
釣り上げし
魚の
放つや
十字光
◆
仏郎機(ふらんき)の
長鳴の
秋
バベルの塔
◆
賽の河原に
根深汁吹く
あなたが見える
◆
鼠が舐める
隅田川とか
三途の川とか
◆
死人萌(しびとも)え
スカイツリーの
よく育つ
◆
我と蝶
番号として
地に満てり
◆
鬱の木の
金剛鸚哥は
鳴かず
飛ばず
◆
麒麟兵団
不明の敵を
追ふ
幾秋
挙句
チルサクラウミチルサクラウミ辣(ラー)
後記
岩片仁次氏は伝説の『重信表』の編者。『戦火想望集』『模糊集』などの多行俳句集がある。『虚邑残闕』は後昭和二十二年七月八日の刊記を持つ同氏の第十句集。
拙句はそれぞれ、『虚邑残闕』の「駅」「人もどき」「幽霊」「胎内、黒百合」「貴腐」「山毛欅林」「紫陽花」「小流木」「孤流木」「海、青、黄蝶」「言葉」「言葉の森」「真神」「毀れる、星」「悪霊」「百、鬼」「古池」「遺書」「大風呂敷」「天の河、高柳」「紙蝙蝠、飛ばさん」「俳人、人偏」「川上、虚」「虹の根」「干蝙蝠」「死、時雨」「白、蛇、桃」「蛇色」「草、相対死」「雨、晩年」「山、蛇」「長き蛇」「木、魚、悲しさ」「橋、川の声」「途中、川、秋」「虚無という魚」「魚」「長、バベルの塔」「賽の河原、汁」「三途の川」「死人萌え」「番号」「鬱の木」「兵団、追う、秋」などの語を借りた。ちなみに「山毛欅林」「干蝙蝠」の原句は安井浩司および金子兜太に対する手酷いあてこすりになっている。懐かしまれているのは、高柳重信、三橋敏雄、本島高弓ら、死者ばかりである。
五、六年前、『戦火想望集』を恵まれた時に、同集の全句をパロディーにして礼状に添えたことがある。多行俳句を作ったのは後にも先にもそれだけで、このたびが二度目だ。ただし、『虚邑残闕』は『戦火想望集』より規模がずっと大きく、対象となったのは句集の前半分まで。多行句集を下さる人は他にもいるのに、なぜ岩片氏の場合にのみ技癢をかきたてられるのか理由はよくわからない。今回はパロディーという気分でもなく、レッスンはまずは実感。
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2010-08-29
特別作品テキスト 高山れおな 昨日の明日のレッスン
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