2010-08-22

高校生たちの俳句甲子園 上原花

【高校生たちの俳句甲子園】
俳句甲子園を振り返って

上原花



第13回俳句甲子園において、私は2度目の参加となる。毎年面白い人材や俳句が生まれるこの大会だが、前回大会の影響もあり、私は石川県立金沢泉丘高校に注目していた。昨年は決勝トーナメント1回戦での敗退であったが、準優勝の洛南高校を相手に健闘した学校である。その中でも私が特に期待していたのが、今年3年の山口敦己君だ。去年の彼は周囲の先輩達にも引けを取らないディベートを繰り広げており、今年は更に勢いと正確さを増して帰ってくるだろうと楽しみであった。今回は時間の都合上、私は彼の試合をほとんど観戦することが出来ず、準決勝で対戦することとなった。

初めの一言から、彼のディベートには熱が込もっていた。真剣な眼差しで句を見つめ、すぐに批評を始める。その勢いは、まさに青嵐といったところであろう。去年よりも鑑賞力を増した彼は、チームで圧倒的なイニシアチブを取っていた。だがそれが一つの欠点だったのではないかと思う。ほとんどのディベートは彼が行っており、チームを背負いすぎていた気がした。熱が入りすぎて喋りが段々もどかしくなっていったのも、私は対戦しながら犇々と感じていた。このように表現すると、彼に対して否定的な意見を書いているように思われるかもしれないが、決してそうではない。精一杯チームを引っ張ってきて、最後に僅差で負け、悔し涙を堪えながら必死にインタビューに応える姿には、ただならぬ感動を憶えた。これぞまさに青春と言っても過言ではないと思う。他校の試合をあまり見ていない私が言うのも何ではあるが、もどかしさがありつつも本質を捉える熱い語りで会場を盛り上げ、しっかりとチームを引っ張っていた彼は、高校生として一番相応しいディベートを展開したと考えている。

また、私は熊本信愛女学院高校に目を付けた。彼女達のディベートは全学校の中で一番楽しさに溢れている気がした。相手から批評されたときも自分が批評するときも決して表情を歪めず、にこにこと微笑んでいるのだ。それは決して嫌らしいものではなく、俳句甲子園そのものを心から楽しみ、まるで互いの句に出会えたことを感謝するかのようであった。私は今回初めて彼女達と試合をしたが、俳句に対する姿勢など多くのことを学び、非常に充実した時間を過ごせたと思う。

熊本信愛の生徒が詠んだ句に以下のようなものがあった。

臍の緒のねじれて朝顔は青い

句を見るだけでも清涼感というか爽やかさであったり、生命力を感じさせられる。人間が産まれてくるにあたって基盤となるような臍の緒と、どこまでも上に伸び続け儚くも力強く咲く朝顔の取り合わせが非常に興味深い。「ねじれて」と臍の緒の様子を鮮やかに詠んだのが、この句に興趣を添えているのではないかと思う。また、作者の宮川夏実さんがとても清々しくこの句を披講していたのが印象的であった。

他に興味を持ったのが、就実高校 原田莉沙子さんが詠んだ句である。

とらつぐみからかもしれず黒電話

夜間や薄暗い日に寂しげに鳴くとらつぐみは暗い森に生息するため、その姿はなかなか見つけることができない。その季語を生かしているのが黒電話の存在だろう。携帯電話などが普及した今の時代、黒電話を見かけることも少なくなった。だがこの句はそんな物悲しさだけではないと思う。「からかもしれず」に込められた思いは、何か深いものを感じる。

入賞句ではなかったが、私の好きな句を1つ。

伊予弁の耳に明るき晩夏かな

金沢泉丘高校、大野莉佳さんの句だ。

私は、伊予弁を聞くとどこか優しい気持ちになれる。柔らかく感じられるあの口調を聞くと、まさに「耳に明るき」だと思う。私は伊予弁というものを、俳句甲子園で愛媛に来るまで聞いたことがなかった。作者も石川県の人なので、きっとそうだと思う。大会で伊予弁を聞いたときの作者がすっと浮かぶ。そこに晩夏を取り合わせたのが面白い。俳句甲子園参加者ならではの句になったと思う。

今回この記事を書くにあたって、「今大会で出会った素晴らしい俳句、素敵な人材」というテーマを与えられたが、私には非常に難しいテーマであった。俳句甲子園で出会う人、句はどれも素敵であって甲乙つけがたい。今後も俳句甲子園の成長を願ってこの文章を締めたいと思う。不慣れなために全体的に散漫な文章になってしまったことを御海恕下されたい。

1 コメント:

natsmi さんのコメント...

こんにちは

宮川夏実と申します。

朝顔の句についての
素敵な感想を本当にありがとうございます^^


とっても嬉しくて嬉しくて
コメントしちゃいまいした^^