林田紀音夫全句集拾読 131
野口 裕
天のさくら石牢の翳よみがえる
耳鳴りの果て石牢の夜がくる
昭和四十六年、未発表句。一句目は、「花篝戦争の闇よみがえり」(鈴木六林男)を思い出させる。昭和四十七年海程に、「石牢の夜がくるいなびかりさして」。昭和二十年の敗戦直後から昭和二十年の暮に復員するまでの経験に基づく言葉かもしれない。そうであるにせよ、ないにせよ、現実感を伴わないとして、句集の自選からは外したのであろう。
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ガラス全面落日の朱を怺える
昭和四十六年、未発表句。身の丈よりも大きなガラスの壁面に対すると、毀れないだろうかという不安感を抱く。その不安感は戦後そのものにも向かうだろう。「怺える」が、緊張感をともなう光景をとらえて効果を上げているが、作者のねらいはもっと先にあったのかもしれない。
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三角の次の三角折り鶴生む
昭和四十七年、未発表句。昭和四十八年海程に、「折り鶴の影めつぶればされこうべ」。第二句集収録に、これらの発展形は見当たらない。いま、「発展」という語弊のある言葉を使用したが、発表句が未発表句より優れているという意味ではない。未発表句は些末なことに目を向けすぎている点で嫌われたのだろうが、折り紙が次々と折られてゆく運動を活写し、発表句よりは、好感が持てる。
紀音夫の未発表句を見てゆくと、句の出発点はトリビアルな現象に目を向けられていることが多いが、トリビアルなままに発表されることは少ない。何らかの思惟、感想が付け加わる。その付加されたものが余計なものということもしばしばある。第二句集後半のこの頃は、海程への月三句のみが発表媒体となり、句をさまざまに実験するという意味では苦しい環境だったと想像される。句の改作が、必ずしも改良とならないことはその辺が原因だろう。
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2010-09-05
林田紀音夫全句集拾読131 野口裕
Posted by wh at 0:07
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