2010-10-24

【週刊俳句時評 第15回】 山口優夢

【週刊俳句時評 第15回】

天の川は流れるか
あるいは写生について

山口優夢


非常にざっくりした物言いで、あるいはこういうことを書くだけで反論を呼んでしまうかもしれないのだが、写生という技法は「言葉」が「世界」を追いかけることだと考えている。その場合、言葉がどれだけ世界に追い付けているか、ということが評価の対象になるわけだが、そうではなくて、「言葉」が「世界」を作ってしまうこともあるのではないか、そういう句はどう読んだら面白いだろうか、というのが今回の拙文のテーマ。

大曲がりして星こぼす天の川 生駒大祐

10月23日に生放送された「ニッポン全国俳句日和」というNHKの番組で、上記の句が番組大賞に選ばれた。8000を超す候補作の中から選ばれただけあって、威風堂々としたスケール感が魅力だ。

この句で一番興味深いところを上げるとすれば、それは天の川があたかも流れている川のように捉えられているところだ。実際に詠まれている景色そのものは、天の川と、その近くにこぼれ出ているかのように点在しているいくつかの星、といった感じか。曲がる際に遠心力が働いて水がこぼれるということは、水の流れの場合にはありそうなことだ。だが、無論、天の川は単なる星の集まりであって、本物の川ではない。それらの星々は本来、ただそこに「ある」だけである。天の川というものは流れることはないはずなのに、流れる川の勢いが仮想的に写し取られているのだ。

「天の川」という呼称そのものが一種の見立てであるものの、そこから我々が普通想像するのは形態的な類似のみで、天の川に実際の川の流れの勢いを思い浮かべてみるのは、やはり凡手にはできないことではないか。

このように、この句は、本来あるものが存在している自然の文脈を、わざと位相の異なる文脈へとずらして見せて、詩を作り出す方法を取っている。「言葉」によって「世界」を切り取るのではなく、「言葉」が「世界」を仮構してしまう。そうして「言葉」によって作られた「世界」が我々の存在している生の「世界」と交差するとき、その句は単なる機知や見立てのみで成立した、言葉の上滑りした句とは一線を画することになる。

たとえば次のような句は、確かに言葉によって仮構された世界が我々の生きている世界と交差していることを感じさせる句と言えるだろう。

白魚のさかなたること略しけり
口寄せに呼ばれざる魂雪となる 中原道夫

野暮なことを言えば、白魚はさかなたることを略しているわけではないし、口寄せに呼ばれなかった魂は雪にはならない。しかし、白魚を見、雪を見ることで、それらが存在する文脈を言葉によって置き換えて見せることによって、逆に白魚の様子をまざまざと浮かび上がらせたり、死んで忘れ去られていった死者たちの叫びのようなものを聞きとめたりすることを可能ならしめているのだ。

翻って「天の川」の句はどうか。中原の句が機知で出来ていると批判されることが多いのに反してその内実はかなり抒情的であり、生きていること、死んでゆくことの哀れが一句の中から浮かび上がることが多いのに対して、この句では良くも悪くもそのような哀れさを感じることはできない。と言うか、白魚や雪とは扱っている素材のスケールそのものが異なるので、「天の川」の句を我々の生きているスケールでの世界に還元して読むことにあまり意味がないのだ。

その代わり、この句にはモノスゴイ宇宙のエネルギーが渦巻いている。ひしめき合いながら流れてゆく星たちのかたまりがある。そこからこぼれた星が流れのほとりに取り残される。自然科学とは真っ向から対立する宇宙観ではあるものの、それはひょっとしたら、我々の知らなかった宇宙の真理なのかもしれない。…と、あんまりこれ以上力みかえって鑑賞を続けると下手に宗教っぽくなってしまうのでこの辺にしておくが、この句に書いてあることが言葉だけのものではなく、とりあえず真実なのだと信じ込んで読んでみると、まるで神話の一節のような気宇壮大さが出てくる。

たぶん、写生というのは、作者の視点から考えるよりも、読者の視点として考えた方が建設的なのではないだろうか。つまり、作者としては「言葉」で「世界」を作っている(=写生ではない)のだとしても、読者としてその作品に触れるときには「世界」を「言葉」で追いかけた(=写生されている)のだと思って鑑賞する。それがどんなに有り得ないことであっても、そのような「世界」が存在することを信じて、写生句だと思って読むと、句の世界に没頭できる気がする。逆に言えば、そんなふうに没頭させてくれる句こそ、面白い句と言えるのではないか。

同じ意味において、僕は河原枇杷男の句も写生句として読んでいる。

又も天のあかずの扉に稲びかり 河原枇杷男

天にはあかずの扉があるのだ。あると言ったらあるのである。彼にしか見えない扉が。その閉塞感!

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