湯のやうな 生駒大祐
よこざまに吹かれてしだれざくらかな
ジャングルジムすり抜け桜蘂の降る
睡眠に汀ありけりねぢあやめ
若芝に柱の上の丸時計
桜の葉はりつき合つて雨晴れたり
約束の草餅共に買ひにゆかん
お屋敷はしろつめくさのしろに耐へ
傷心や凭れば開きて躑躅の戸
空豆の皮厚くなほ皿を透く
掌をあてて鉄の冷えもつ夜の新樹
夏闇を手もて浚へば河匂ふ
梅酒瓶仕舞ふと案の定嵩張る
筒鳥が沖を向きゐる硯かな
涼しさの朝も半ばの鳥の餌
あめんぼの脚と水面の隙間かな
昼過ぎの網戸の傍は安らかで
ハンモック揺れ止むまへに寝入りたる
シャワー終へ一穴より水垂れ続く
炎天の象を象舎へ押し収む
湯のやうな夕立がまづ二の腕に
プールサイドの足首の鍵の鳴る
薔薇映し鏡は休むこと知らず
入れ換へて白鷺の脚滴りぬ
密談や鉄砲百合の花粉の黄
西瓜食ひあけぼの色の皮残る
髪濡れてゐて秋晴の街をゆく
もやもやと鶏頭が磨硝子ごし
ラジオ投げ込まれ麦藁帽の秋
ティーバッグ糸に茶の染む秋思かな
新米の研ぎ汁がたくさん出来る
傍らにとほくの人や茸飯
束の間の萩の盛りや明るき夜
戸惑ふや秋果売る灯の明るさに
望月に飴噛む音の大きくて
梨剥けり悪しき電話を鳴るに任せ
ドライブイン月かたむくに音もなし
友来るや新酒は杯を満たしなほ
秋風や頭の薄きに鳥打帽
お茶つ葉のためらひひらき立冬か
山茶花や小川跨ぎてバスとまる
洗ひ場に斜めに置かれたる牛蒡
歌声に拍手薄らぐ冬ぬくし
書初に人争へる史実かな
声のある家をのぞけば枯芙蓉
踊り場に長く話せる氷柱かな
教会の出窓の桟の十字に雪
惜別やマスク外すに唇濡れて
着膨れて痩身早口に喋る
小説や障子にわれの影うつろふ
水仙に水少し足し眠りけり
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2010-10-31
テキスト版 2010落選展 生駒大祐 湯のやうな
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3 comments:
「書初に」の句が面白いです。
今後は、「報告」をどうやって越えるかが課題。秘められた力を感じます。
〈梅酒瓶仕舞ふと案の定嵩張る〉この人は、ことし初めて梅酒を漬けてみたんですね。〈もやもやと鶏頭が磨硝子ごし〉〈新米の研ぎ汁がたくさん出来る〉〈洗ひ場に斜めに置かれたる牛蒡〉ほうじちゃさんは「報告」と言いますが、平常心でなければ伝えられない不思議というものがあります。個人的には、他人と思えませんw
〈桜の葉はりつき合つて雨晴れたり〉〈筒鳥が沖を向きゐる硯かな〉〈涼しさの朝も半ばの鳥の餌〉〈西瓜食ひあけぼの色の皮残る〉〈ティーバッグ糸に茶の染む秋思かな〉〈水仙に水少し足し眠りけり〉清潔な抒情。〈あけぼの色の〉の「薄さ」が清潔なんだと思う。でもちょっと、この言い方だと皮全体が赤いみたいか。〈筒鳥が〉は、へんな句。作者、筒状の鳥のことでも思ってそう。
プールサイドの足首の鍵の鳴る
「今日、バイトだったんすよ」
「それで気怠そうなんだ。疲れてんだったら家帰って寝れば」
「暑いし。俺、泳ぐの好きなんで」
午前中のバイトを終えて学校のプールへ来た。カメイ先輩がいた。カメイ先輩は小柄で、俺より20センチほど背が低い。早口でリスのように話しかけてきた。
「いま、あそこ泳いでんの、美術教師のマツオじゃね」
「本当っすね」
「泳いで鍛えてんのかな」
美術教師のマツオはひよろひょろとして、色白の優男だ。いつも難しい顔をしている。マツオは平泳ぎで行ったり来たりしていたが、反対側のプールサイドへ近づいて行き、手をかけると一気に上がった。肩甲骨がもりもりと盛り上がり、完全な逆三角形の肉体だった。
「あいつ、すげ」
「着やせして見えてんすね。ふだん」
「ホワイトマッスルマツオ」と、カメイ先輩が歌うように言ったのがおかしくて、俺はのけぞった。足首に付けているロッカーの鍵が、チャリ…と音を立てた。
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