2010-11-21

特別作品テキスト 寺澤一雄 秋 九十九句

秋 九十九句 寺澤一雄

恵比寿から代官山へ迷ふ秋
鍵束に使へない鍵秋の朝
地震雲一本立ちて秋の昼
攀登る消防署の壁秋夕焼
秋色やジャングルジムを婆掴む
秋晴や海を流るる海の水
秋の暮山から山の動物が
鉢巻に紅白のあり天高し
金秋の山より瀧の現るる
爽かは家でて地下に入るまで
秋風や甲羅あるのは亀河童
鰯雲境涯の句の書けざるよ
爽籟に路面電車の音混じる
告白や月は地球を離れつつ
海浜の廃工場に露盛ん
米食うて蝗は人に喰はれけり
啄木鳥の樹に止まりつつ飛んで来る
勲章のやうゐのこづち着け威張る
草虱整理整頓しなければ
横恋慕するや真葛のはびこれる
蝉の穴から蟋蟀が外を見る
芋の露丸まる技を持つてをり
銀やんま番ふ相手と餌探す
しつかりとしほから蜻蛉つるみ飛ぶ
秋の蚊につけこまれたる小諸駅
光沢に衰へはなし残る蠅
蟷螂は精霊螇蚸離さざる
深爪や花野に眠り眠り病
ひよどりの赤き実を喰ひ赤き糞
虫籠のなかに隠れて虫見えず
虫鳴くや平安時代のピンク色
船降りて船酔治る菊日和
やるるまで芭蕉見て置け飽きはせぬ
小諸まで運び配りぬ青蜜柑
稲田から追ひ出されたる稲雀
芋の葉を裏返してから風の来る
冷凍枝豆解凍に失敗す
地に挿され立たされてゐる泣き案山子
玄関に南瓜を飾る秋の夜
食べられるところが抜ける衣被ぎ
電流を流す田守を置かぬため
糸瓜より来世は茄子に生まれたし
花も実も蕾もありぬ夕顔棚
大玉に手の届かざる運動会
今年またしやうが祭の演歌歌手
秋簾揺れるは四谷荒木町
死顔を残す石膏秋暑し
みんな死に八月十二日過ぐ
文月の月に舞ひ立つ土煙
睾丸の袋に二つ涼新た
天の川からいましがた宇宙船
転覆の船をそのまま流れ星
初嵐路上に暮す人眠る
秋立てば畳の上で死ぬるかも
渦巻の真ん中凹む今朝の秋
遠く遠く近く近くへきりぎりす
轡虫聞くたび思ふ苦しいと
寒蝉のうやむや鳴きの美しく
ひぐらしを真昼に鳴かす森の闇
バス停にしばし松虫鳴き止みぬ
よく鳴くは別鴉の親の方
萩原の見えるところに追手来る
葛の花亀甲縛り食込める
荒町を朝顏高く這ひ上る
草刈りに白粉花の生き残る
昔より小さくなつてカンナ燃ゆ
奥の間に生きてゐるはず生見玉
瓜の馬不甲斐なけれど祖を乗せ
送火の猛火になりて驚きぬ
東京スカイツリーの下の踊かな
日の丸を二本立てたる敬老日
紙製の精霊棚を組立てる
浅草の帰りの途中魂祭
盆提燈電気で燈り消えにけり
雁渡し電車に前と後ろあり
高潮や海から水の溢れだす
島一つ泥に塗れる秋出水
会社から月見のために疾く帰る
寝待月ねえーねえーと邪魔さるる
名月や県庁前にバス止まる
泥の巣をそのまま燕帰りけり
コスモスや恋は簡単難しい
紫苑揺れアメリカ人の背丈かな
理科実験糸瓜の水を瓶に溜む
ホースから障子を洗ふための水
広間だが襖を入れて狭めたる
蝉の声十月三日を最後とす
十三夜緑のバスを走らせる
猪の昔のままに喰うて寝る
茸狩毒茸までとつてきし
銀杏は臭きにほひに守らるる
四谷見附にヒマラヤ杉の新松子
葦刈が葦火の炎大きくす
破蓮原子と原子結びつく
豊年や熱帯植物園に鰐
保健所の人やつて来る豊の秋
重力に押し潰されし熟柿かな
同じもの二つとはなき林檎剥く
一斉に両手をあぐる体育の日


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