〔週俳12月の俳句を読む〕
その仕様書、いただきます
四ッ谷龍
手袋を重ね話の噛み合はぬ 土肥あき子
長谷川かな女に「冷笑をこらへ手袋はめゐたり」という鮮烈な句があり、私はこれを愛誦しています。くだらぬことを自慢の種にしている相手への冷え切った心を、「手袋をはめる」と鎧を着るようなしぐさで表現しています。
土肥さんの掲句の場合は、二人がどちらも手袋を脱いで(つまり心の武装を解いて)、4枚の手袋を親しみを示すかのように重ねているのに、残念ながら話はかみ合わない。考えすぎかもしれませんが、男女の会話の齟齬を言っているような感じがします。
冬うららか駅の鏡に身を屈め 上田信治
駅の鏡というのを、最初は駅のトイレの鏡だと理解しましたが、よくよく考えるとホームの鏡ということもありうるなと思い直しました。何かを落としたせいでしょうか、駅に身をかがめている人がいるのですが、この人もやがて冬のうららかな空気の中へせいいっぱい身体をのばしていくことでしょう。
緑錆の浮きたる楽器十二月 高橋博夫
ホルンとかトランペットといった金管楽器を描いているのでしょう。長い年月使いこんだ歴史ゆえに錆が浮いてきたのか、手入れが悪くて錆を出してしまったのか、よくわかりませんけれども、十二月という一年の終わりにあたって、時間の厚みというものにあらためて感じいっているという趣です。
葉に触れて柊の花こぼれけり 広渡敬雄
猫好きの人の中には、句会で猫の句が出ると必ず採ってしまうような方もいらっしゃるようです。その伝でいくと、私は柊の花が大好きなので、柊の句はつい採りたくなってしまいます、と言うと作者に失礼に聞こえてしまうかもしれませんが、そういう意味ではありません。葉にさわっただけでぽろっと柊の花がこぼれていく様子をまざまざと表現されていますし、実際の花をよく知っていれば、作品から柊のすっぱい香りが匂ってくるようで、いちだんと濃い情を味わえるというものです。
仕様書を捨て立ち上る秋野かな 灌木
電気製品等のカタログは、私は大事にとっておくほうで、使用説明書もわりあいよく読むほうかなと思います。だから私だったら仕様書は捨てず、「仕様書を持ち立ち上る」というふうに表現するだろうななどと考えるのですが、灌木さんにとっては、数字が並ぶ仕様書と、広やかな秋野の世界とは相容れないものなのかもしれず、そんなことを想像して楽しみました。
針刺しの針を数える誕生日 十月知人
歳をとってくると視力が落ちるので、針山の針などという小さなものは数えてみようという気にもならないのですが、この方は若くてエネルギーも視力もたっぷりもった人なのかもしれません。自分の大切な日に針の数を数えているなんて、さびしい風景ですけれども、いつかはハッピーな誕生日をお迎えになることもあることでしょう。
■土肥あき子 雫 10句 ≫読む
■上田信治 レッド 10句 ≫読む
■高橋博夫 玄冬 10句 ≫読む
■広渡敬雄 山に雪 10句 ≫読む
■荒川倉庫 豚百五十句 ≫読む
■十月知人 聖家族 ≫読む
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